2023年10月9日 5時00分

新聞配達エッセー

　いつものように朝刊を配達していた千葉市の田尻隆(たじり　たかし）さん（５８）は、家から出てきた高齢の男性に声をかけられた。母がベッドから落ちてしまい、自分だけでは起こせない。助けてほしい――。老老介護（ろうろうかいご）のＳＯＳだった▼無事に終わった時、疑問がわいた。なぜ自分がいるとわかったのですか。男性はほほえんだ。「毎日２時半にはバイクの音がしますから」。新聞は社会と読者をつなぐ。それを配る自分もまた、排気音で社会とつながっていたのだ。田尻さんはそう書いている▼日本新聞協会の新聞配達エッセーコンテストが３０回目を迎え、３２２３編の応募（おうぼ）があった。入賞作はどれも、さまざまな人間模様（もよう）のなかに人の温かさを伝えている▼秋田市に住む安田沙織（やすだ　さおり）さん（４１）は思春期前（ししゅんきまえ）の思い出を書いた。亡き父は雪の中の配達から戻ると、別の仕事へ行くまで、また一眠り（ひとねむり）した。せめて自分に出来ることを。帰ってくるまで、冷えきった父の布団にもぐって温めてあげた。「今日はよく眠れた（ねむらた）よ、あったかくて」。その言葉が忘れられない▼子どもたちの作品には、優しさがあふれている。北九州市の能美にな（のうみ　にな）さん（９）は師走（しわす, 陰暦12月の）のある日、冷たい新聞を手に考えた。感謝の思いを込めて、まだ見たことのない配達員さんにお小遣い（おこづかい）でカイロをプレゼントしよう。「今日だけは私もサンタさん」▼あすは月に１度の新聞休刊日。配る人がいて、支える家族がいて、読者の皆さんがいる。新聞が読まれるという光景に、感謝の念を新たにする。