池上彰のそこからですか!?　第632回　2024/09/27

ポケベルが攻撃兵器に

Q　レバノンですごいことが起きたっすね。ポケベルが一斉に爆発して、ヒズボラのメンバーが多数負傷したり、死者まで出たりしたそうっすけど、どういうことすか？

A　おい、おい、興奮するなよ。まるで面白がっているように聞こえるぞ。まったく無関係の子どもまで巻き込まれている卑劣な攻撃だ。

Q　犯人はイスラエルなんすか？

A　イスラエルは正式にはコメントしていないが、ヒズボラと対立し、これだけ高い技術力を持っている国といえばイスラエルしかないだろう。これまでもヒズボラの幹部が殺されるケースはあり、イスラエルの行為と見られているが、イスラエルは、基本的にはこうしたことにはコメントしない主義だ。

Q　イスラエルのスパイ組織（そしき）としてはモサドが有名っすよね。モサドが勝手にやったってことは？

A　それはないな。イスラエルは文民統制が利いている国だ。つまり、スパイ組織が大きな行動を起こす際には、首相の決裁がいるんだ。モサドがあらかじめ起案書を作って首相に提出、首相のOKが出て初めて行動に移る。今回は、爆発が起きる直前に、モサドの長官がネタニヤフ首相に面会していたとイスラエルのメディアは伝えて（つたえて）いる。おそらくネタニヤフ首相にゴーサインを出してもらったのだろう。

Q　それにしても、ポケベルって、なんすか？

A　そうかあ。そこから解説しなければならないか。スマホ世代にはわからない話だからな。ポケベルとはポケットベルの略称だ。日本でもいまから30年前には盛んに使われていた通信機器だ。当時は「ポケベルが鳴らなくて」なんていうテレビドラマまであったんだが。これはテキストメッセージ（文字メッセージ）を受信するだけで、発信はできない。数字や短文のメッセージを受けて、指示通りに行動したり、指定された電話番号に電話をかけて指示を受けたりすることに使われる。

Q　どうして、こんな原始的な通信機を使っていたんすか。スマホの方がずっと便利なのに。

A　ヒズボラ最高指導者のハサン・ナスララ師が今年2月、「スマホは使うな」と命令したからだ。スマホは位置情報を得るために微弱な電波を出している。イスラエルが、この電波をキャッチしてピンポイントでヒズボラの幹部の位置を突き止めてミサイルを撃ち込んで殺害するというケースが出たからだ。

Q　そこでポケベルで連絡する方法に切り替えたんすね。

A　今年の春、5000台ものポケベルをレバノン国内に持ち込んだという。

Q　台湾のメーカーのものではないかとの報道があったっすね。

A　どうもそうではないようだ。ハンガリーの会社にライセンス生産を認めているというので、そこで生産後、どこかの過程で爆薬が仕込まれたらしい。ポケベルに一斉連絡することで爆発させたようだ。今回の手口には、悪魔的なずる賢さ（ずるかしこさ）がある。

翌日には無線機も

Q　どういうことっすか？

A　ポケベルに電波を送って爆発させる際、すぐには爆発しないようにしていたんだ。まず何らかのテキストメッセージを送ると、ポケベルが受信を知らせる音を出す。すると……。

Q　着信音を聞いた人間は、「どんなメッセージが届いたのかな」とポケベルをのぞき込む……。

A　そこで爆発させれば、威力は小さくても顔の近くで爆発するから、致命傷を与えることができるんだ。

Q　ポケベルがレバノンに持ち込まれたのが春だとしたら、なんでいままで爆発させなかったんすか？

A　ヒズボラのメンバーに行き渡るのを待っていたんだろう。今回の爆発で駐レバノンのイラン大使も負傷したと伝えられる。ヒズボラはイスラム教シーア派の武装勢力で、同じシーア派のイランの支援を受けているから、イランの大使が負傷したということは、近くにヒズボラの戦闘員がいたということだろう。ひょっとしたら、イランの大使にも1台渡されていたかもしれない。

Q　翌日には、今度は無線機も爆発したっすね。

A　これも悪賢いんだ。前日にポケベルが爆発したら、ヒズボラのメンバーは通信手段を失う。そうしたら、どうする？

Q　そうか、今度は無線機で連絡を取り合う。無線機は顔のそばに持っていって、しゃべるから、そこで爆発すれば、無線機でしゃべっていた人は、ひとたまりもない。なんて考えられた攻撃なんだ。

A　感心している場合ではないだろう。でも、モサドにこれだけのことができるとすれば……。

Q　ヒズボラの中に、モサドのスパイか協力者がいるんすね。

A　ポケベルや無線機をどこから仕入れるかを知っていないとダメだからな。さらに製造元からレバノンのヒズボラの手に渡るどこかの過程で、爆薬を仕込んだ人間がいる。

Q　この無線機は日本製だという報道があるけど……。

A　これはまだはっきりしない。報道された会社は現在は同種の機器を生産していないし、アジアで製造された偽物が出回ったというから、そこで入手したかもしれない。

Q　これからヒズボラはどうするんすか？

A　ヒズボラの戦闘員は約5万人。その戦闘員を動かす中堅幹部3000人が負傷したのでは、ヒズボラは、当面機能しないだろう。

Q　では、イスラエルは？

A　ヒズボラはレバノン南部からイスラエルにロケット砲を撃ち込んだりしていて、レバノン国境に近いイスラエル北部では、イスラエル国民約6万人が別の地域に避難している。ネタニヤフ首相は、彼らが家に帰れるようにすると明言している。つまりヒズボラの混乱に乗じて、イスラエルによるレバノン侵攻なんてことが、起きるかもしれないんだ。

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