言霊USA　第712回　　町山 智浩　2024/03/02

We spent all the money on the commercial spot（僕ら、このCM枠を買うのにお金全部使っちゃった）by イエ（カニエ・ウェスト）

1億人が視聴するといわれるアメリカ最大のイベント、スーパーボウルが今年も行われた。

　といっても、今回は生では観てない。飛行機の中だったので。

　いや、自分が住むサンフランシスコとハワイ島との往復が260ドルという破格のバーゲンを見つけたんで。ハワイ島は初めてだけどよかったー。海でオニイトマキエイと遊んだり、標高4200メートルのマウナケア山頂ツアーに参加したり。実は高山病（こうざんびょう）でクラクラだったけど。

　そのツアーのガイドさんが客に質問した。「いよいよスーパーボウルですねー。サンフランシスコ49ersとカンザスシティ・チーフスの頂上決戦ですが、皆さんはどっちを応援しますか？」

　客の一人が迷わず「テイラー・スウィフト！」

　アメフトに全然興味ない人でも今回のスーパーボウルで盛り上がってる話題は、チーフスのタイトエンドであるトラヴィス・ケルス選手とつきあってるテイラー・スウィフトがラスヴェガスの会場に現れるかどうか。というのもテイラーは前日まで東京でコンサートやってるから。

　もちろん自家用ジェットで日本からすっ飛んできたテイラーはちゃんとVIP席に現れた。そして、ビールを一気飲みして「カーッ」とオヤジみたいに空のコップをテーブルに叩きつける姿が、試合のタッチダウンよりも注目を浴びた。

　とはいえ、いつもスーパーボウルで話題になるのは試合よりもハーフタイムのショーとコマーシャル。1億人が観るCMは30秒700万ドル（現在10億円以上！）というアメリカのテレビCMでも最高の金額なので、CMそれ自体もハリウッド映画並みの製作費で大作ぶりを競い合う。

　たとえば保険会社ステートファームのCM。アーノルド・シュワルツェネッガーがヘリコプターで事故現場に駆け付け、燃え盛る家から人を助け出すというCMの撮影で、シュワちゃんは今もオーストリア訛りが直らず、隣人neighborが発音できずにNeighbaaaと発音してNGを出すという話。

　BMWのCMもこれに似てて、クリストファー・ウォーケンが行く先々でウォーケン独特の話し方（エンジョイの「エン」、キュートの「キュー」をやたら強く発音する）をマネされてウンザリする。

　携帯電話サービスのヴェライゾンのCMはビヨンセが自分のバズりパワーでヴェライゾンのインターネットをダウンさせようとしてAIビヨンセを開発したり、大統領になったり、ロケットで地球を飛び出して宇宙でライブをやったりする。これなんか製作費は間違いなく数百万ドルかかってるだろう。

　ところが、今回、最も注目を浴びたCMの製作費は、おそらくゼロ。イエ（改名した）ことカニエ・ウェストのCMだった。

　夜道を走る自動車のおそらく後部座席に座ったカニエが携帯で自撮りしただけの映像。テレビなのに縦撮りでカニエはこう言う。

「ヘイ、みんな、イエだよ。これは僕のコマーシャル。コマーシャルの枠を買うのにお金を全部使っちゃったから、コマーシャルの製作費が残ってないんだよ。でも、言いたいのは、僕のウェブサイトyeezy.comを見てほしいってことだけ」

　反ユダヤ発言でアディダスとの契約を切られたカニエは自分のサイトで自作のグッズを売っているのだ。

「靴とか売ってるんだよ。それと……えーーと……それだけ！」

　このチープさ！　「……えーーと……」と考えるカニエ（46歳）の素人くささ！　これが超大作ばかりのスーパーボウルCMのなかではいちばん目立った。カニエによると、放送から3日で彼のサイトのグッズの売り上げは1500万ドルを突破したという。

　で、今回のスーパーボウルでいちばん評判が悪かったのは「このお父さんたちを家に帰して」というCMだった。父親が幼い子供たちと遊ぶホームビデオの映像にナレーション。「この父親たちは今もハマスの人質になっているのです。彼らを奪還しましょう」

　これはガザ地区に捕らえられたイスラエル人の人質130人の救出を訴えるCMだが、広告主はイスラエル政府。このスーパーボウルの試合中、イスラエル軍はガザのラファ市への攻撃を開始した。

　ガザ地区はイスラエルの地中海沿岸の南端部に接する地域で、東京23区の6割くらいしかない面積にパレスチナ人200万人近くが住んでいた。10月以来、イスラエルはこのガザ地区の北部の住居から病院、学校まで徹底的に破壊し、南部への避難を勧告した。おかげで現在、南端のラファ市には135万人もの難民がひしめいている。

　そこをイスラエル軍が攻撃したのだ。逃げ場はない。ナチスがユダヤ人をアウシュヴィッツのガス室に追い込んで殺したのと変わらない。虐殺だ。

　それを正当化しようというのがスーパーボウルのCMだったのだ。パレスチナ側には700万ドルものCM料は払えないのだから、まったく不公平だ。

　スーパーボウルで優勝したチーフスは本拠地カンザス・シティに凱旋した。パレードに集まった数万人の群衆に無差別に銃弾が浴びせられ、1人が死亡、20人以上が重軽傷を負った。犯人の動機はまだ不明だが、これより百倍ひどい地獄がガザでは120日続いている。

「カンザス州民の皆さん、スーパーボウル優勝おめでとう！」

　大統領候補のトランプ前大統領は自分で経営するSNS「トゥルース（真実）」にそう書き込んで顰蹙を買った。現在77歳のトランプはチーフスの本拠地があるのはカンザス州ではなくミズーリ州だと知らなかったのだ。

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