2025年1月12日 5時00分

キツネ目の男

 戦後の犯罪捜査史(そうさし)上で記憶に残る似顔絵(にがおえ)を問われれば、まずこれが浮かぶ。年齢35~45歳。メガネに薄い眉、そしてつり上がった目。グリコ・森永事件(もりながじけん)で目撃された「キツネ目の男」である。似顔絵は、ちょうど40年前の1月に公開された▼大阪府警の刑事たちが男に出会ったのは、いまのJR京都線の列車内。犯人(はんにん)の指示に従って現金5千万円を運ぶ人物を、男は隣の車両からじっと見ていた。男女のカップルに扮した刑事がさりげなく言い交わす。「わたし好みの男性がおるわ」「そうかいな」▼男は現金の行方をつけまわした末に姿をくらます。似顔絵は、目撃した刑事7人のうち1人が自ら描いたものだ。「(似ている)自信はある」とNHKの取材に答えている▼「わしらの かおやったら もっと 男まえに かいてや」。挑戦状をマスコミに送りつけ、社会をもてあそんだ犯行は「劇場型」と呼ばれた。その一方で、事件からは「思想や信条が見えない」とも作家の塩田武士(しおだ ぶし)さんが語っていた。それこそが特徴であり、現代の犯罪に通じる一面かもしれない▼SNSでつながっただけの見知らぬ者同士が、何のうらみもない家に押し入り(おしいり)、凶悪犯罪(きょうあくはんざい)に手を染める。主犯格は仲間にも顔を見せない。じつに不気味な世の中になってしまった▼キツネ目の男が生きていれば、80歳前後だろう。「悪党人生 おもろいで」と書き残して犯人は消えた。言葉とは裏腹に、素性がばれるのを恐れ続けた、うらさびしい余生に違いない