2023年7月7日 5時00分

七夕(たなばた)

 スマホの画面をのぞきながら足早(あしばや)に、夜道を家路につく。ふと見上げると、すばらしい輝きの満月(まんげつ)が浮いて(ういて)いた。つい先日のことだ。現代社会は、夜空(よぞら)を見つめる機会をすっかり失わせてしまった。せめて今夜ぐらい。七夕である▼芭蕉は、前夜から心待ちにしていたらしい。〈文月や(ふみづきや)六日も常の(むいかもつねの)夜には似ず(よにはにず〉。『奥の細道(ほそみち)』の長い道のりでは、暑さや雨に苦しんだ。旅を見まもる星たちは、対話を重ねる相手でもあったのだろう▼芭蕉が生きた時代とは異なって、新暦(しんれき)のいまの七夕(たなばた)は、天気には恵まれぬものと相場(そうば)が決まっている。気象庁によれば、2020年までの過去30年で、7日が「晴れ」だったのは東京で23%しかない。織姫(おりひめ)と彦星(ひこぼし)は年1度の再会を無事に果たせるのか。やきもきして(【心配する)当たり前なのである▼さて今年はいかに。きのう各地では梅雨の晴れ間が広がり、真夏の暑さとなった。一日早かった。きょうからは前線の活動が再び激しくなり、九州などは雨の予報となっている▼万葉集の名もなき歌人も、天(てん)を見上げて銀の粒を恨めしげに眺めたのだろう。そして想像力をふくらませた。〈この夕(ゆうべ)降り来る雨は彦星のはや漕(こ)ぐ船の櫂(かい)の散りかも〉。銀河をこぎ渡る彦星の舟(ふね)。そのときに飛び散るしぶきに、雨を例えた▼早く会いたいと、はやる彦星の気持ちは分からぬではない。ただ、しばらく大雨はこりごりの地域もある。これ以上の災害が起こらぬよう、櫂(かい)をこぐスピードを少々落としていただけると、ありがたい。