2023年7月24日 5時00分

クジラと博物館

 夏休みのこの季節、思い出す子どもの頃の記憶がある。父親に連れて行ってもらった博物館で、大きなクジラの骨格標本(こつかくひょうほん)に目を丸くした。ああ、海のなかにはこんな生き物がいるのか。その印象の強さからだろう。博物館はいまでも、私には特別な存在だ▼クジラの標本はどこで誰が、どんな思いで作っているのか。国立科学博物館で研究主幹(しゅかん)をつとめる田島木綿子(たしま ゆうこ)さん(52)を訪ねた。海の哺乳類(ほにゅうるい)を研究している専門家である▼標本とは何でしょう。「自然界からの恵み(めぐみ)であり、宝物(たからもの)」です」。日本の海岸に打ち上げられる鯨(クジラ)などの死体は年300頭ほど。田島さんはそれを解剖(かいぼう)し、死因を調べている。標本作り(ひょうほんづくり)は研究の一端(いちたん)という▼海豚(イルカ)の頭の骨から肉をそぎ落とすのを、見学させてもらった。腐臭(ふしゅう)がただよう地下室での仕事である。小さな歯の並びも、そのまま復元する細やかな業(わざ)に驚く。「実物(じつぶつ)にウソをつかないよう、寸分違わず(すんぷんたがわず)を目指しています」▼人間はクジラをどれほど分かってますか。「7割ぐらいかな。同じ哺乳類として、彼らを知るのは私たちを知ることにもつながります」。学ぶべきは何でしょう。「クジラもひとも、生きているのは、それだけですごいこと。そう思っていいのだと気づかされます」▼この夏もまた、博物館の標本にびっくりする子どもがいるに違いない。その子が気づいてくれたらいい。人間だけが違うのではなく、生き物はみな、地球に暮らす一員なのだと。田島さんも、そう思っている。