2023年7月12日 5時00分
海の彼方(かなた)の紛争に
私は、海のかなたで、今戦争があるということを信じることが出来ない――。明治、大正、昭和を生きた作家の小川未明(こがわ みめい)は小説『戦争』にそう書いた。まさに第1次世界大戦の激しきさなかである。多数の戦死者を伝える新聞を見て、「作り話ぢやないのかしらん」▼なぜかといえば、「みなが大騒ぎをしてゐない」からだった。欧州の戦争への関心はどうしてこんなに低いのか。作家は「新聞の報道が事実であるなら、誰でもかうしてぢつとしてはゐられない筈(はず)である」と独り言ち(ひとりごち)た▼さて、この話はどうか。先週、パレスチナ自治区(じちく)のヨルダン川西岸地区で、イスラエル軍が「過去20年で最大規模」という軍事作戦を行った。難民キャンプなどが20回も空爆を受け、多くの死傷者が出た。だが、日本では「大騒ぎ」どころか、巷(ちまた)の話題にもなっていないように見える▼パレスチナの地で繰り返されてきた、非道な殺戮(さつりく)の応酬を、遠く離れた日本で想像するのは容易ではない。ただ、ウクライナ戦争への注視の度合いと比べ、その差の大きさには戸惑ってしまう▼小川未明の小説が発表された半年後、日本はシベリアに出兵した。それでも世論の関心は低く、第1次大戦は「忘れられた戦争」とも呼ばれる。やがて時代は、あの暗い昭和へと進み、日本人は我が身のこととして戦争を知った▼単純な比較をするつもりはない。でも、海のかなたの流血のニュースを見ながら、あえて自らに問う。これは「作り話」などではないのだと。