2023年7月27日 5時00分
ビッグモーターの不正
北条時頼(ほうじょう ときより) の訪れを前に、母は準備に追われた。障子(しょうじ)のやぶれた箇所(かしょ)を小刀(こかたな)で切っては紙をあてる。全部張り替えたほうが楽ではありませんか、と問われた母は答えた。「物は破れたる所ばかりを修理して用ゐる(もちいる)事ぞと、若き人に見習はせて、心つけんためなり」▼傷んだ(きずんだ)部分だけを直せばいいと気づかせるためです、と。ものを大切にする。徒然草(つれづれぐさ)が教訓を伝えている。かの母が耳にすれば、卒倒(そっとう)してしまう醜聞(しゅうぶん)であろう。中古車販売(ちゅうこしゃ)のビッグモーターに、きのうは国交省による聞き取りがあった▼弁護士らによる報告書には、信じがたい記述が並ぶ。ゴルフボールを入れた靴下をふりまわしたり、ドライバーでひっかいたりして車にわざと傷をつけて、直した費用を保険会社に請求していた▼おとといの会見では、辞めた兼重宏行(かねしげ ひろゆき)前社長がまじめな顔で「ゴルフを愛する人に対する冒涜(ぼうとく)だ」と憤って(いきどおって)いた。あきれて笑う、とはこのことだろう。冒涜をわびる先が車を愛する人でもなく、顧客でもないとは▼どこかピントがずれ、人ごと感の拭えない(ぬぐえない)経営者の会見に、社員は泣くに泣けまい。不合理なノルマが課され、降格処分も相次いだ。会見後には「改革の第一弾」として、会社とのやりとりが残るLINEアカウントの削除を求められたそうだ▼徒然草は、何事も過ちとなるのは、慣れたつもりで「人を蔑ろ(ないがしろ)にするにあり」とも説いている。客の目を侮り(あなどり)、社員を軽んじて(かろんじて)うまくゆくはずがない。まったくだ、とうなずく。