2023年7月29日 5時00分
山下清と花火大会
「裸の大将(はだかのたいしょう)」として知られる画家、山下清((やました きよし、1922年(大正11年)3月10日 - 1971年(昭和46年)7月12日)) は放浪(ほうろう)の際に画材(がざい)を持ち歩かなかった。リュックサックに入れたのは、茶碗(ちゃわん)2個(にこ)と箸、手ぬぐい、着替え。それに、犬にほえられたときの用心(ようじん)の石塊(石ころ、いしころ)5個。それで全てだった▼駅で野宿しながら各地を転々とし、近くで花火大会があると聞けば、足をむけたそうだ。「何といわれても花火はきれいなので、ぼくはこれからも夏になったら見物にいこうとおもっています」(『日本ぶらりぶらり』)▼訪れた先の一つに新潟県長岡市がある。1945年8月1日夜の空襲で約1500人が犠牲となった。鎮魂(ちんこん)の思いを込めた花火大会だ。「みんなが爆弾なんかつくらないで、きれいな花火ばかりつくっていたら、きっと戦争なんて起きなかったんだな」。素朴な(そぼくな)目で日常の大切さを見抜いていた▼このときの記憶をもとにしたのが、傑作「長岡の花火」だ。東京のSOMPO美術館で開催中の「山下清展」で見た。漆黒(しっこく)の闇に次々と尾を引く尺玉(しゃくたま)。光る。広がる。どよめく。残光(ざんこう)は小さな星に生まれかわって、空を埋めつくす。一瞬の輝きが、貼り絵の中に封じ込められていた▼東京ではきょう隅田川花火大会が開かれる。コロナ禍で中止されて、4年ぶりの開催だ。約2万発の大輪(だいりん)が天を染める(てんをそめる)。涼を求める浴衣姿で、今宵(こよい)の浅草あたりは大賑わい(だいにぎわい)だろう▼夜風(よかぜ)に吹かれてビールでも飲みながら、役にも立たない話を友人たちと交わそうか。きっとそれこそが、かけがえのない日常である。
- 山下清
- 裸の大将
- 長岡の花火ー山下清