2023年9月13日 5時00分
人はなぜ、老いるのか
シェークスピアの『リア王』は老いに(おいに)悩む人の物語である。「わしは今や、統治の大権も、国土(こくど)の領有も、政務の繁雑も脱ぎ捨てるつもりだ」。年老いた王はそう引退を宣言し、3人の娘に財産を分け与えようとする▼ところが、思い望んだ安寧(あんねい)な老後生活(ろうごせいかつ)はかなわない。いつの世も、誰にとっても、老いをいかに生きるかは難題のようだ。いったい王は、どうすればよかったのだろうか▼「もしも、リア王にアドバイスするならば、やめろと肩をたたかれるまで、やれ、ですね」。東京大学教授の小林武彦(こばやし たけひこ)さん(59)は笑顔(えがお)で言った。老化の研究が専門で『なぜヒトだけが老いるのか』などの著書がある生物学者だ▼そもそも老後は、野生の動物にはない。老いは進化の過程で、生物としてのヒトが手にした特権だという。なるほど、どうしてでしょう。「それはもう明らかに、若い世代を支えるために、シニアの存在が重要だったからですよ」▼もちろん、誰もが元気に活躍を続けられるわけではない。病気もあるし、やりすぎれば「老害(ろうがい)」と嫌われる。でも、だからといって、隠居を急ぐ必要はあるまい。できる範囲でいい。仕事場で、近所で、家庭で、お年寄りが誰かのためになっている社会であってこそ、若者たちも未来に希望を持てるのでは、と小林さんは説く▼「いかに人らしく生きるかは、老後をどう過ごすかにかかっていると思います」。ヒトは老いて、人になる、か。自らのこれからに思いを巡らせ、しばし腕を組む。