2023年9月18日 5時00分
絵手紙の小池邦夫(こいけ くにお)さん逝く
永六輔(えいろくすけ)さんは、はがきの人だった。ラジオ番組に投稿してくれた一人ひとりへ自筆で返す。1日で100通にもなったそうだ。その永さんから「手紙書き(てがみかき)のライバル」と言われた人がいた。絵手紙を広めた第一人者(だいいちにんしゃ)、小池邦夫さんである▼道が開けたのは、36歳のとき。個展を目にした編集者の依頼で、季刊誌6万部のすべてに、異なる(ことなる)絵手紙を挟むことになった。1日12時間取り組んで、完成まで1年。「かくことは自分の井戸のボーリング( 穴をあけること、bowling)掘りだ」。水脈に達したとき、飾らぬ自分を表現する楽しさを知った▼はがきからはみ出すほど大胆な草花や魚などの絵。添えられた文字はかすれ、行も乱れている。でも、どこかあたたかい。講師となって魅力を伝えた絵手紙はブームとなり、多くの人が初めて筆をとった▼大事なのは書き方ではなく生き方だ。そう強調していた小池さんの作品には宝物のような言葉が並ぶ。「動かなければ出会えない」「昨日の自分をなぞっていては相手に熱は伝わらない」▼山梨県の小池邦夫絵手紙美術館で見た柿の絵にはこうあった。「才能がないから書き続けた/五十年が過ぎた/本当の色も味も出ないが/もう少しで自分の実だ/続けよう」。それなのに。小池さんの訃報(ふほう)が先日届いた。享年82▼美術館では折しも公募展が開かれ、全国から寄せられた1168点がすべて掲示されていた。順位はつけない。小池さんがつかんだ核心がある。「ヘタでいい/ヘタがいい/生きて行くことと同じだよ」