2023年5月
さらわれた子ども
「生命の泉(レーベンスボルン)」と呼ばれた秘密組織が、第2次世界大戦中のナチス・ドイツにあった。“優秀な人種”を増やすために、占領した国から青い目と金髪の子どもをさらう。言葉を教え込み、別の名前をつけ、ドイツ人の養子にする▼ナチスに傾倒する愛国少年だったアルフレートさんは後に、自分が幼い頃にポーランドから連れてこられたと知って驚愕(きょうがく)する。本当の名はアロイズィ・トヴァルデツキ。二つの国に心と家族を引き裂かれた半生(はんしょう)は、著書『ぼくはナチにさらわれた』に詳しい▼きのう、プーチン大統領が対独戦勝記念日で演説するのを聞いた。人々に憎悪をまき散らしているのは欧米側だとし、「彼らは、ナチスの野望が何をもたらしたか忘れているようです」と語った。ならば問う。ナチスと同じように、占領地から子どもをさらっているのは、いったいどの国か▼ウクライナ政府によれば、ロシア軍に連れ去られた子どもは1万6千人を超える。姉弟(してい)でも別の施設に収容されてロシアをたたえる歌を何度も歌わされた、と救出された子が証言している。養子に出された子もいるとの報告もある▼かつての敵の狂気を、鏡に映したかのように繰り返す。国際指名手配犯となったプーチン氏は、手前勝手な論理を振りかざす事しか出来ないのだろうか▼波乱の人生を歩んだトヴァルデツキさんがこう書いている。「人間性は何よりも他人を、他の状態を、他の意見を、他の民族をどう扱うかに現われる」。聞かせたい言葉である。
レーベンスボルン(ドイツ語: Lebensborn)は、ナチ親衛隊(SS)がドイツ民族の人口増加と「純血性」の確保を目的として設立した女性福祉施設。一般的に「生命の泉」または「生命の泉協会」と翻訳されることが多い。ユダヤ人絶滅のための強制収容所と対照をなす、アーリア人増殖のための施設である。未婚女性がアーリア人の子を出産することを支援し、養子仲介なども行なっていた。