2023年5月6日

黄金の馬車を見た日本人

 ときは日露戦争(にちろせんそう)の前夜、日本が英国と同盟の関係を結んでいた時代のことだ。明治の軍人であり、子爵(ししゃく)であった小笠原長生(おがさわら ながなり)は1902年、巡洋艦(じゅんようかん)「浅間(あさま)」に乗って英国に赴いた(おもむいた)。エドワード7世の戴冠(たいかん)式に参列するためだった▼「金装銀飾燦然(きんそう ぎんしょく さんぜん)として。真に天下の一大美観(いちだいびかん)を極めたり」。式典のきらびやかさを、小笠原は『渡英日録(とえいにちろく)』に記している。なかでも国王が乗った金色(かねいろ、きんいろ)の馬車は強く印象に残ったようだ。「我邦(われくに)の神輿(みこし)に四輪(よんりん)を添へたるが如(ごと)く」とある▼かの地ではきょう、チャールズ国王の戴冠式が行われる。1世紀余り前、小笠原が見たと思われる黄金の馬車「ゴールド・ステート・コーチ」も登場するそうだ。英王室の隆盛(りゅうせい)を象徴する「動く美術品」である▼ただ、この馬車、古いだけに乗り心地(のりごこち)は悪いらしい。「荒海(あらうみ)に放り込まれたよう」との歴代国王のぼやき声も残るほどである。最新技術を用いた現代的な馬車も併用される予定だ。長き伝統がゆえの難しさか▼そもそも王室の過去の栄華(えいが)は、不正義にまみれた帝国の植民地支配の歴史と切り離せない。王室特権への批判や君主制反対の声もある。冷ややかな視線を意識してか、式典は簡素化を図るという。無理からぬことだろう(「これは無理がないだろう」)▼チャールズ国王といえば、筆者はやはりダイアナ妃との離婚と、彼女の不幸な死を思い出す。葬儀で追悼曲を歌ったエルトン・ジョンは、戴冠式コンサートへの出演を辞退したという。多忙が理由とされるが、真に受ける人はまずいまい(「まずいかもしれないですね)。

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