2023年6月20日 5時00分

「10秒の壁」を破った男

 父親は建設作業員だった。母親は缶詰工場で働いていた。ジム・ハインズさんが生まれたのは、米アーカンソー(Arkansas)州のそんな黒人家庭だった。第2次大戦が終わった翌年、1946年のことである。兄弟姉妹(きょうだいしまい)は9人(きゅうにん)いた。生活は楽ではなかったか▼足の速い子だった。関心は野球やアメフトにあったそうだ。後に「史上初めて、10秒(じゅうびょう)を切って100メートルを走った男」と呼ばれるとは、まさか本人も思わなかったのだろう。陸上を始めたのは高校時代だった▼運命の日は68年6月20日。ちょうど55年前のきょうである。全米選手権に出場し、手動(しゅどう)の計測で9秒9という速さを記録した。自信に満ちた走りだった。「たいした驚いた顔もしていなかった」と当時の本紙は伝える(つたえる)▼同年のメキシコ五輪では、黒人差別に抗議するボイコット騒ぎがあったが、「最善の方法は(競技で)ベストを尽くすことだ」として出場した。電気の計測で9秒95を出して金メダル。83年に破られるまで、15年間も世界記録の座を維持(いじ)した▼それから半世紀。最速はウサイン・ボルトさんの9秒58まで来ている。人類はどこまで速くなれるのか。もう限界ではないのか。まばたきに満たない一瞬の時を削るために、数多(あまた)の才能がぶつかり、幾多(いくた)の涙がぬぐわれる。思い描くだけでも、胸が熱くなる▼「10秒の壁」を破った直後、ハインズさんはアメフト選手に転じた。引退後は社会福祉の仕事に就いた。息子と娘がいて、孫は4人いる。今月3日に逝去(せいきょ)。76歳だった。

ジム・ハインズ(James Ray ("Jim") Hines、1946年9月10日 - 2023年6月3日)は、アーカンソー州デュマース(英語版)出身のアメリカ合衆国の陸上競技選手。男子100mの元世界記録保持者であり、1968年メキシコシティーオリンピック男子100mの金メダリスト。

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 ウサイン・セント・レオ・ボルト(Usain St. Leo Bolt [ˈjuːseɪn boʊlt], 1986年8月21日 - )は、ジャマイカの元陸上競技短距離選手。100mの世界記録保持者(9.58)。2002年から2017年までの現役時代は前人未到の記録を樹立し、人類史上最速のスプリンター(英語圏ではThe greatest sprinter of all time)と評された。

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