2023年6月26日 5時00分

ワグネルの反乱

 風変わり(ふうがわり)な男が現れた。ネズミ退治(たいじ)の報酬(ほうしゅう)を拒まれた(こばまれた)男は、笛(ふえ)を吹いて子どもたちを集めると、引きつれて姿を消す。「ハーメルンの笛吹き男(ふえふきおとこ)」だ。歴史学者の阿部謹也(あべ きんや)さんは、このドイツの伝説が史実にもとづくことを解き明かした。1284年のきょう6月26日の出来事(できごと)だった▼失踪(しっそ)の背後に何があったのか。学者たちは謎に挑んで(いどんで)きた。少年十字軍だったという説やよそへ入植したという説がある。近隣の戦争へ駆り出されたという説もあるそうだ。進軍ラッパを吹き鳴らす男と、率いられた一団だ▼こちらも、忽然(こつぜん)と消えた。モスクワへの途上だった民間軍事会社ワグネルである。創設者(そうせつしゃ)のプリゴジン氏がウクライナへの侵攻で奏でた(かなでた)のは、「刑の免除」という笛の音だった。受刑者を集め、一時は5万人以上を率いていた▼正規軍のやらぬ汚れ(よごれた)仕事に手を染め、「なのに我々に弾薬を与えない」と国防省への批判を繰り返した揚げ句の反乱である。どうなることかと、固唾(かたず)をのんでいた身としては、一夜あけての光景にぽかんと口をあけるしかない▼ウクライナ侵攻を「戦争」と表現しただけで罰金を科される国だ。プリゴジン氏は侵攻の「大義」を動画で否定し、武装蜂起した。だが捜査は見送られるのだという▼心あるロシア国民の目に、矛盾(むじゅん)はどう映るだろう。プーチン大統領は、首都での戦闘という悪夢は避けられた。ただ「強い指導者」というイメージの低下(ていか)は避けられまい。終わりの始まり、になるのだろうか。

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