2023年6月28日 5時00分
列車の安全のために
大阪発の夜行列車が翌未明、広島県の福山駅に到着した。停車中、車掌(しゃしょう)が二等車の室内で他殺体(たさつたい)を見つけて騒然となった。1898年のことである。当時の東京朝日新聞によると、被害者は陸軍大尉。強盗が目的とみられ、男2人が捕まった。鉄道黎明(れいめい)期の日本を震撼(しんかん)させた事件だった▼この鉄道会社はすぐ、乗客の安全を守るために動いた。駅員のなかから「実直(じっちょく)にして強壮なる者のみ」が選ばれ、車内の巡回を徹底した。列車ごとに日中は1人、夜間は2人。車内の安全対策は、ここから積み重ねられていったのかもしれない▼東京都内を走行中の京王線と小田急線(おだきゅうせん)で2年前、刺傷事件(ししょうじけん)が相次いだ。一昨日ときのう、殺人未遂罪などに問われた2被告の初公判があった。検察側の冒頭陳述などからは、逃げ場のなかった乗客たちの恐怖が伝わってくる▼列車という「密室(みっしつ)」で無差別の襲撃があると、乗り慣れた路線でも不安になる。先日は料理人が持っていた刃物で、山手線(やまのてせん)の車内が騒ぎになった。複数が転倒などでけがをした▼国土交通省は今秋にも、新幹線や三大都市圏の路線を中心に車内防犯カメラの設置を義務づける方針だ。ばらつきはあるが設置は確実に進む。乗客は周囲に注意を払い、事業者はカメラで監視する時代なのか▼冒頭の事件については、作家の内田百けん(うちだ ひゃっけん)が随筆『汽笛一声(きてきひとこえ』で書いている。「夜汽車は恐ろしいものであると(中略)子供の心に沁み込ませた」。鉄道開業から150年余り。安全の模索(もさく)は続く。
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25日午後4時ごろ、JR新宿駅の駅員から「山手線の車内で男が刃物を振り回している」と110番があった。電車は新宿駅に停車。東京消防庁によると、この騒ぎで転倒するなどしたとみられる男性2人が病院に搬送された。警視庁新宿署が50代の外国籍とみられる男性から事情を聴き、詳しい状況を調べている。
同署によると、男性は席に座っていて横に布のような物で包まれた刃物2本が置かれていた。刃体は長さ25〜27センチ程度で、刃先が一部見える状態だった。自身を料理人だとし「勤め先の飲食店から刃物2本を持ち帰って電車に乗った」と説明している。
刃物が振り回されたとの目撃情報はなく、刺されたり切られたりした人も把握していないという。
電車に乗っていた東京都品川区の派遣社員の女性(31)によると、停車した直後、多くの乗客が「きゃー」「逃げろ」と叫びながら押し寄せてきて、後方の車両に追いやられた。車内には靴やかばんが散乱しており「怖かった。電車に乗るのが恐ろしい」と声を震わせた。
JR東日本によると、午後4時前に車内の警報ブザーが押された。山手線と中央・総武線各駅停車が一時運転を見合わせた。