2023年11月25日 5時00分

故郷へ帰る楽しみは

 旅好き(たびすき)だった向田邦子(こうだ くにこ)さんは北アフリカ旅行から帰国してまず、のり弁をつくったそうだ。かつお節も敷き、おかずは卵焼きと肉のしょうが煮。『食らわんか』と題した随筆(ずいひつ)を読むと、涎(よだれ)が出てくる。自慢の「海苔吸いのりすい)」は梅干し、わさび、刻みのりを入れた椀(わん)に熱い昆布だしを張る▼確かに、海外でこってりした食事が続くと無性に和食が恋しくなる。洋食のない時代ならなおさらだ。幕末に日米修好通商条約の文書を携えて渡米した使節団の村垣範正(むらがき のりまさ)は、日記に書いた。「古郷に帰りての楽しみは味噌汁(みそしる)と香物にて心地能(よく)食せんことを」▼和食の魅力は昆布や鰹節(かつおぶし)などでとる「だし」につきると思う。東京・上野の国立科学博物館で開かれている特別展「和食」で、科学的な裏付けを知った。日本がだしを取るのに向いている理由のひとつは、軟水(なんすい)だからだ。硬水(こうすい)だとミネラル分が多くて、だしの抽出を邪魔する▼逆にシチューのような煮込み料理なら煮崩れしにくい硬水の方がいいそうだ。味を楽しむ日本茶には軟水が、香りを楽しむ紅茶などには硬水が適している。水質と食文化は、切り離せない関係にある▼さっぱりした和食のだしは、健康的だと海外でも人気上昇中だ。最近は、「魚や海藻を煮出して」などと説明しなくても「ダシストック」で通じることが多い▼和食がユネスコの無形文化遺産に登録されてから、来月で10年になる。この週末は、久しぶりにきちんとだしを取って、ふろふき大根でもつくろうか。

風呂吹き(ふろふき)は、野菜等を大きく切って茹でたり煮たり蒸したものに練り味噌をかけて食べる日本料理。冬の季語

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