2023年11月27日 5時00分
被害者が名乗れない社会
日々のニュースを見ていて、以前とは変わったなと思うことの一つに、事件や事故の被害者の匿名(とくめい)の多さがある。どんな人が被害にあったのか。実名(じつめい)で詳しく報道するのが、悲劇の再発防止につながる。そう叩き込まれた(たたきこまれた)世代の新聞記者としては、複雑な気持ちである▼被害を受けた本人や家族が名前を明かしたくない大きな理由は、誹謗中傷(ひぼうちゅうしょう)を恐れてのことだという。悲しみにくれる人々に対し、心なき暴言がSNSで投げつけられる。極めて理不尽とはいえ、いまの世の歪んだ(ゆがんだ)現実である▼先日も、ジャニー喜多川氏からの性被害を訴えていた男性の悲しい死が伝えられた。自殺とされている。「金が欲しいんだろう」といった中傷を受けていたそうだ。こんなことが、繰り返されてはいけない▼2年前、北海道・旭川(あさひがわ)で中学生の広瀬爽彩(ひろせ さあや)さんが自殺した事件では、いじめを訴える遺族が氏名を公表した。実名は「娘が頑張って生きてきた証(あか)し」とする母親の言葉に、胸を打たれた。大切な名前を預かって、それを報道していく。自らの責務の重みを、噛み締める(かみしめる)▼「衆口、金をとかす(しゅうこうきんをとかす)」と言えば、無責任なうわさや悪口(わるくち)の広まりが、正義を破壊しかねないとの意味である。ただ、中国の故事(こじ)による、このことわざには前段もある。「衆心、城を成す(しゅうしん、しろをなす)」。多くの人が良心に従えば、社会は必ず正される(ただされる)。そうであれと願いたい▼今年も「犯罪被害者週間」が始まった。いま、あえて問う。被害者が名乗れない社会とは、何なのだろう。