2023年11月28日 5時00分

AIが描いた手塚治虫

 手塚治虫(てづか おさむ、1928年11月3日 - 1989年2月9日)は、締め切り当日(とうじつ)なのに、代表作『ブラック・ジャック』が手つかずだったことがある。他の仕事を片づけた徹夜明けの脳みそ(のうみそ)で、手塚は土壇場から複数のあらすじ案をひねり出す▼「案を四つ考えるんです(略)四つとも駄目だと(編集者が)いったら、もう一回四つ考える。その中で選んでもらうわけです」。作品のためなら時間も労力も惜しまない。鉢巻きをしめ、ペンを走らせる。吉本浩二(よしもと こうじ)、宮崎克(みやざき かつ)著『ブラック・ジャック創作秘話』が伝える光景には、鬼気迫る(ききせまる)ものがある▼そんな執念(しゅうねん)はもはや遺物なのか。最新号の週刊少年チャンピオンで、AIを使って描かれたブラック・ジャックを読んだ。機械の心臓を持つ少女の病気に挑む話(いどんだはなし)だ▼過去作を学んだAIが、人の求めに応じたシナリオ案を示し、新キャラクターの原画(げんが)も作ってくれたそうだ。AIだから、四つどころか、何回だめ出しをしても全くめげずに案を出す。それが魅力だったと編集部はコメントしている▼技術の進歩は速い。今回は人が創作の手綱をにぎったが、AIの補佐役になる日がいずれは来るかもしれない。その作品に、何かを表現したいという情熱は、どう刻まれているだろう。ものを生み出すことの価値とは。思いが去来した(きょらいした)▼かつての作品に、主人公が恩師の医者から問われる場面がある。「人間が生きものの生き死に(いきしに)を自由にしようなんて、おこがましいとは思わんかね(Don't you think it's absurd to think that human beings should be free to decide whether living things live or die?)」。同じセリフをAIが書いたら、人は感動を覚えるだろうか。