2023年12月23日 5時00分
ファーブル生誕200年
ファーブル昆虫記は、原題を「昆虫学的回想録」という。大正時代(たいしょうじだい、1912年7月30日〜1926年12月25日)に日本で初めて全訳に挑み(いどむ)、その際に「昆虫記」と名付けたのは、思想家の大杉栄(おおすぎ さかえ)だった。獄中で、他の本を読むのを後にしてまで夢中になったそうだ▼ファーブルについての多くの評価のうち、これが一番好き(いちばんすき)だと紹介している。「哲学者のやうに考へ、美術家のやうに見、そして詩人のやうに感じ且(か)つ書く」。うなずく人は多かろう。私も、幼いころにダイジェスト版を読んで虜(とりこ)になった一人だ。あの中の場面が浮かぶ▼狩人(かりじん)バチの本能の不思議さ、コガネグモの網の美しさ、大砲の音にも動じないセミの無頓着ぶり……。読み手は、本の中でファーブルと一緒に観察と実験(じっけん)をくり返しながら、小さな世界に分け入っていく▼ファーブルが南仏(みなみふつ、France)で生まれたのは、1823年12月。今年は生誕200年にあたる。生家(せいか)は貧しく、独学を重ねた末の遅咲き(おそさき)人生であった。55歳で第1巻(だいいっかん)を刊行し、そこからこつこつ書き続け、最後となる第10巻(だいじゅっかん)をまとめた時は83歳になっていた▼こんな言葉を残している。「わたしは(略)今になって、どうやら昆虫がわかりかけてきたのである」。自分の足で遠い地平まで達した者だけが、さらなる地平を目にする。そういうことだろう▼虫たちは今、木の皮の下などでじっと冬越し(ふゆごし)のさなかだ。でも昆虫記の中ではいつも変わらず、スカラベが「糞闘(ふんとう)」しているはずだ。年末年始の休み、ページをめくって彼らをのぞいてみようか。