2023年12月18日 5時00分
キンが最後に見た夢
ターッ、ターッ。警戒の鳴き声が、エサを与えようとするたび、飼育ケージのなかで大きく響いたという。新潟(にいがた)・佐渡島(さどがしま)の獣医師、金子良則(かねこ よしのり)さん(65)が初めてキンに会ったのは、1991年のことだった。「最初はもう、近づくこともできなかったな」▼トキは、人間に慣れにくい鳥だそうだ。キンが金子さんに気を許したのも、半年ほどたってからだった。ただ、それからは「なでてくれって、寄ってきて、猫みたいに、のどをゴロゴロ鳴らした」。かわいくて、離れられなくなった▼学名ニッポニア・ニッポン。かつては日本各地に生息した鳥だった。朱鷺(とき)色と呼ばれる淡い朱の羽(しゅのは)が好まれ、明治時代に乱獲(らんかく)される。エサの生物(せいぶつ)を通じ、農薬の影響も受けた。最大の天敵は人間だったのだろう▼2003年、キンは日本で最後のトキとして、死んだ。人の年齢に換算すれば、100歳ほど。原因はケージへの衝突だった。「夢を見たのでしょう。監視カメラの映像を見ました。コクコクとしていたんですよ。それが急に目を覚まして、飛んでいった」▼晩年のキンの気持ちを思うと切なくなる。鳥には国籍などないのだけれど、もしも自分が最後の1人の日本人だったらと、つい、想像をしてしまう。彼女が末期(まつご)に見たのは、どんな夢だったのか。仲間とともに、悠然(ゆうぜん)と大空(おおぞら)を羽ばたく夢だったか▼キンが死んで20年。金子さんはこの春、定年を迎えた。佐渡にはいまや、中国から来たトキの子孫500羽以上がその空を飛んでいる。
- ニッポニア・ニッポン, トキ(朱鷺、鴇、桃花鳥、紅鶴、鴾、学名 : Nipponia nippon)