2023年12月28日 5時00分
冤罪と経済安保
トランプ米大統領が中国のことを露骨(ろこつ)に罵り(ののしり)始めたのは2018年の春ごろだ。当初は米中の貿易戦の様相(ようそう)だったが、しばらくすると「中国は米国の技術を盗んでいる」といった発言が米高官から相次ぐ。対立の重心は、知的所有権の問題に移っていった▼やがて安倍政権が「経済安保(けいざいあんぽ)」という言葉を盛んに使い始める。日本の先端技術を守れとのかけ声が高まり、政府に専門の部署も設けられた。大川原化工機(おおかわらかこうき)の社長らが逮捕されたのはちょうどそのころ、20年3月である▼軍事に転用できる機器を、許可なく中国に輸出したとの容疑だった。1年近くも勾留(こうりゅう)した末、起訴は取り消される。後に捜査員の一人は事件そのものを「捏造(ねつぞう)ですね」と証言した。何とも惨い(むごい)話である。東京地裁(とうきょうちさい)は違法な逮捕と起訴だったと認め、国などに賠償を命じた▼警察と検察はいまだに社長らに謝罪していない。起訴をした検察官に至っては反省(はんせい)どころか、「立ち返っても同じ判断をする」と言っている。保身の言、ここに極まれりか(【ここにきわまれり】 (exp) (often after noun) has reached its limit; has reached its peak )。過ちを認めなければ、再発防止もありえまい▼なぜ、こんな冤罪(えんざい)事件が起きたのだろう。米中対立という大きな車輪が動き、国をあげて無数の歯車がクルクルと一方向(いちほうこう)に回るなか、何かがおかしくなっていなかったか。国益を取り違えた(とりちがえた)身勝手な論理が闊歩(かっぽ)し、公安警察の暴走を許していなかったか▼経済安保は自由な貿易を制限する。それが行き過ぎたり、恣意的(しいてき)になったりする危うさ(あやうさ)も、事件は強く示唆(しさ)している。
大川原化工機事件(おおかわらかこうき じけん)とは、「生物兵器の製造に転用可能な噴霧乾燥機(ふんむかんそう)を経済産業省の許可を得ずに輸出した」として、2020年3月11日に警視庁公安部外事一課が横浜市に在する大川原化工機株式会社の代表取締役らを逮捕するも杜撰な捜査と証拠により、冤罪が明るみになった事件である。
代表取締役らは一貫して無罪を主張。しかし保釈は認められず、その間に相談役は進行胃がんと診断され入院した。2021年2月5日、代表取締役と常務取締役は11か月ぶりに釈放され、7日に相談役は病死した。数十回にわたり取り調べを受けた女性社員はうつ病を発症した。その一方で、事件を主導した警部及び警部補はこの事件をでっち上げた”功績”で昇進している。東京地方検察庁は第1回公判直前の7月30日、公訴を取り下げ、裁判を終結させた。9月8日、代表取締役と常務取締役、そして相談役の遺族は、国と東京都に対して約5億6500万円の損害賠償を求める訴訟を東京地方裁判所に起こしている。