2023年10月12日 5時00分
ノーベル文学賞と戯曲
今年のノーベル文学賞にノルウェーの劇作家(げきさっか)ヨン・フォッセさん(64)が決まった。長く有力候補(こうほ)と言われていたが、戯曲(ぎきょく)も小説も読んだことがなかった。欧米メディアによると、ベケットやピンターとよく比較されるという。好みの不条理劇かと大きな図書館へ走った▼いつもお世話になる司書(ししょ、a librarian)の方が「作品集などはないが、機関誌に戯曲が一つ載っている」と教えてくれた。40以上の言語に訳されているのに日本語で読めるのはそれだけなのか。残念に思いつつ、『舞台芸術05』に掲載された『だれか、来る』(河合純枝、かわい すみえ訳)を閲覧した▼登場人物は、「彼」と「彼女」と「男」の3人。入り江にある古い家に、50代の彼と30歳前後の彼女がやってくる。2人きりになろうと人里離れた所(ひとざとはなれたところ)に家を買った。だが到着早々、不穏な空気が漂い始める▼「だれか 来る」と繰り返す彼女。彼は「だれもここにはいない/だれも来ない」と認めない。そこへ突然、家を売った若い男が訪れる。「おれと話さないか/ほんの少しでいい」▼繰り返される短い台詞(せりふ)には詩のようなリズムがある。ト書きの「間」の多さも相まって、静かで孤独感に満ちた舞台が目に浮かぶ。人間の弱さも透けて見えるようで心がざわついた▼戯曲は日本であまりなじみがないが観る(みる)だけでなく本で読んでも面白い。ベケットの『ゴドーを待ちながら』は日本でも数多く上演され、ピンター作品の熱心なファンもいる。フォッセさんの戯曲がもっと読めるといいのだが。
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とがき 0【ト書き】, a stage direction.
- 〔指定の言葉が「…ト両人歩み寄り…」などと「ト」ではじまる,歌舞伎脚本から起こった語〕脚本で,せりふの間に,俳優の動き・出入り,照明・音楽・効果などの演出を説明したり指定したりした文章。
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2023年ノーベル文学賞ーフォッセ氏
【ストックホルム共同】スウェーデン・アカデミーは5日、2023年のノーベル文学賞を、ノルウェーを代表する劇作家ヨン・フォッセ氏(64)に授与(じゅよ)すると発表した。「近代劇の父」と呼ばれるノルウェーの劇作家イプセンの再来、「21世紀のベケット」などと称される。ノルウェー人の受賞は1928年の女性作家シグリ・ウンセット以来、95年ぶり。
同アカデミーは授賞理由として「言葉に表せないものに声を与える革新的な戯曲と散文」を挙げた。フォッセ氏はロイター通信に「圧倒され、びっくりしている。他のことは考慮せず、文学であることを目指した文学に与えられた賞だと思う」と述べた。
59年、ノルウェー西部ハウゲスン生まれ。83年に小説「赤、黒」で作家デビュー。90年代に代表作の劇作品「だれか、来る」を発表した。無駄を排し、詩のようなせりふで人間の本質を問いかける手法を用い、世界の演劇界に鮮烈な印象を与えた。
30を超える劇作品(げきさくひん)は40以上の言語に翻訳され、日本でも「名前」「死のバリエーション」「スザンナ」などが上演された。