2023年10月22日 5時00分
探偵としての経済学者
今年のノーベル経済学賞に決まった米ハーバード大教授のクラウディア・ゴールディンさん(77)は、ずっと探偵になりたかったそうだ。幼いころから真実を見つけるスリルが好きだったと、自伝的な随筆(ずいひつ)「探偵としての経済学者」で書いている。微生物学を学ぼうと入った大学で経済学と出会った▼優れた学者の教えを受け、「この学問なら探偵業(たんていぎょう)を始められる」と確信したという。権威を疑え。まず目に付く容疑者を徹底的に調べよ。着想(ちゃくそう)と理論とデータを駆使(くし)して真犯人(しんはんにん)を見つけろ。どれもゴールディンさんが研究に取り組む際の心得だ▼受賞では、労働市場での男女格差の原因を200年以上遡った(さかのぼった)研究が評価された。著書や論文を読むと、これほど長期の詳細な資料をどうやって調べたのかと驚く▼公文書保存に長じた米国でも、数世紀前の女性の労働力を明示した記録はない。探偵ならどうするか。資料を精査して配偶者の有無別、年齢別などの推計をつくってみた。だが、既婚女性の隠れた労働力は見えない▼あるとき、全米の主要都市に18世紀後半からの職業名簿があると知った。記載は夫の名前だけだったが、夫の没後には妻の名に変わっていた。家族経営が主流の時代で、夫の生前も妻は労働力だったと推測できる▼地味な発見をするたび、「ほくそ笑んできた。(ほくそえんた、物事が思い通りの結果になったことに満足して,一人ひそかに笑う)」という。近著『なぜ男女の賃金に格差があるのか』も、過去100年の女性の家庭とキャリアの問題を検証した力作(りきさく)だ。間違いなく、名探偵である。