2023年10月2日 5時00分
「のぞき見」の誘惑(ゆうわく)
目の前に壁がある。そこに小さな穴があいていたら、どうするか。多くの人はのぞいてみるのではないだろうか。未知の世界が見られたらとワクワクするし、のぞくのが自分だけなら優越感もある。危険が潜む恐れがあったとしても、向こう側を見たい▼東京都写真美術館で開催中の「何が見える? 『覗(のぞ)き見る』まなざしの系譜」で、「のぞくこと」への情熱に圧倒された。写真を立体視できる道具や回転するのぞき絵、アニメの元祖(がんそ)等々。この数百年の視覚装置(そうち)の進歩は、のぞき見の世界史でもあった▼進歩(しんぽ)の過程で重要だったのは、遠近法とレンズの発明だという。日本では江戸時代後半から、大道芸(だいどうげい、a street performer)の「のぞきからくり」が親しまれた。遠近法(えんきんほう)を採り入れた絵を凸レンズ(とつれんず)ごしに眺める見せ物だ▼展示をたどるうち、自分でものぞいてみたくなった。映像文化に詳しい早大名誉教授の草原真知子(くさはら まちこ)さんを訪ねると、19世紀末から世界中で大流行したステレオスコープを勧められた。眼鏡状のレンズの鼻先から柄付き(えつき)の棒が伸びている▼棒の先に米国製の白黒写真(しろくろしゃしん)を置いてのぞくと、人物が浮き上がった。連続写真を変えていくと、浮気がばれて困る夫の物語が進んで面白い。パリなどの観光地や、第1次世界大戦での戦地の写真もあった▼草原さんは「いつの時代も人間は小さな窓を通して驚きを求める。のぞく映像文化の本質は続くでしょう」と話す。会社で一人、スマホ画面をながめつつ、ふと思った。これものぞきではないか。