2023年10月31日 5時00分

それぞれのハロウィーン

 異文化から伝わった行事や祭りは数あれど、ハロウィーンほど掴みどころがない(つかみどころがない、difficult to catch)のは珍しい。日本に限らず、時代や地域によって多様に変貌(へんぼう)したせいかもしれない。その起源は、現在のアイルランドやその周辺にいた古代ケルト人の季節祭とされる。数千年を経たいま、ほぼ原形をとどめていない▼アイルランドの文豪ジョイスは、短編『土』(結城英雄、ゆうき えいゆう(訳))で大衆が祝うハロウィーンを描いた。主人公はダブリンの女性更生施設で働くマライア。かつて乳母(うば)をした男性の一家が彼女をパーティーに招待する。1906年の執筆(しっぴつ)で、当時の迷信や習慣がわかる▼たとえば、マライアが一家で興じた(きょうじた)のはハロウィーンには定番のゲームだった。目隠しをして皿にのった物を選び、指輪なら結婚、水は移民、土は死を意味するとされた。施設で出された干しぶどう入りケーキも、この日に欠かせない菓子だ▼ジョイスの物語には仮装もカボチャも出てこない。静かで少し不穏な空気が漂っている。死や魔女、火といった象徴はうかがえるが、百年余(ひゃくねんあまり)でこれほど変わるのかと驚く▼そもそもケルトの暦(こよみ)では、11月1日が冬の始まりで「新年」だったという。前夜は死と生を隔てる壁が破られ、祖先や死者が戻ってくるとされた(鶴岡真弓(つるおか まゆみ)『ケルト再生の思想』)▼厳か(おごそか)だった夜は、映画や商売人らの仕掛けで世界中の人気行事となった。歴史が浅い日本で、どう変わっていくのか。ハチ公像が白い幕で覆われた東京・渋谷を歩きながら考えた。