2023年4月二十一日  仮想通貨と小さな王国

谷崎潤一郎(たにざき じゅんいちろう、1886年〈明治19年〉7月24日 - 1965年〈昭和40年〉7月30日))の『小さな王国』は、不気味(ぶきみ、weird)な短編(たんぺん)だ。主人公の教師が勤める小学校に沼倉(ぬまくら)という転校生が登場し、波乱(はらん)が始まる。沼倉は絶対的リーダーとなり、大人に内緒で「沼倉紙幣」を発行する。子どもたちは家から持ち出した品物をこの紙幣(しへい)で売買し、仲間内(なかまうち)で経済を回す▼初めは叱った教師もミルク代に窮して沼倉の手下(てした)になり、「紙幣」を手にしてしまう。「先生もお札を分けて貰(もら)つて一緒に遊ばうぢやないか」。薄笑いを浮かべ、血走った(ちばしった)目で近づく姿は怖い▼沼倉紙幣は当然、本物の通貨との互換性はなく国は価値を保証しない。だが、沼倉の高い信用度で安定している。子どもだけで運用するうち、富が次第に平均化されるようになったのは、痛烈な皮肉に感じた▼百年以上も前に書かれた作品を読んで頭に浮かんだのは、なにかと話題の仮想通貨(暗号資産)だ。政府や企業が介在せず、売り手や買い手全員が台帳(だいちょう)を共有する技術が支持されているようだ。米国の調査では、9割が「自分のお金をより直接的に管理するため」に買うと答えた▼だが値動き(ねうごき)が激しく、高リスクの印象が強い。今月初め、ツイッターのロゴが突然、青い鳥から柴犬(しばいぬ)へ変わって話題になった。経営トップが支持する仮想通貨ドージコイン(Doge Coin)のロゴだったが、同通貨の価格が一時急騰した▼教師は結末(けつまつ)で、本物の商店で沼倉紙幣を使ってミルクを買いそうになり、はっと我に返る。欲望で自分を見失ったとき、マネーゲームは底なし沼(そこなしぬま)になるのか。