2023年4月30日
春の夜空を見上げる
キラキラと明るい星が多い冬と比べ、春の夜空(よぞら)には地味(じみ)な印象がある。逆に星がまばらで遠くの銀河まで見えやすく、「宇宙の窓」と呼ばれるそうだ。プラネタリウム[1]でも解説員が「春は宇宙をのぞくのに最適だ」と力説(りきせつ)していた▼地球から約5500万光年離れた(こうねんばなれた)M87銀河(ぎんが)が世界的なニュースになったのも、4年前の春だった。史上初めて撮影されたブラックホールの画像(がぞう)が公開されたのだ。つい先週も、周囲を取り巻く円盤状(えんばんじょう)のガスの撮影が発表された▼M87は春、南に見える乙女座(おとめざ)の方向にある。ギリシャ神話(しんわ)では、女神(めがみ)の娘が冥界(めいかい)へ連れ去られ、1年のうち4カ月を過ごすことになった。悲しんだ女神が姿を消すと冬になり、娘が戻って姿を現すと春が訪れる▼おとめ座のスピカは、和名を真珠星(しんじゅせい)という。北斗七星(ほくとしちせい)はひしゃく星。英文学者の野尻抱影(のしり ほうえい)は星の和名を集め、多くの著書を残した。ギリシャ神話の星座と違い、和名には農民や漁師ら(りょうしら)の生活に密着した独特の響きがある▼野尻は約700種を解説した『日本の星』で、北斗七星からスピカまでの「春の大曲線」の中央で光る牛飼い座(うしかいざ)のアークトゥルスを麦星(むぎほし)と記録した。麦の穂(ほ)が色づく5月ごろ、「東北の中空で華やかな金じきに輝き出るこの星を表わして、遺憾(いかん)がない」と評している▼種まきの時期や海上で方角を知るすべではなくなっても、星空(ほしぞら)には眺める者を捉えて離さない魅力がある。点と点をつないでいるうち、日々の悩みがささいなものに思えてくる。
[1] プラネタリウム(羅: planetarium)は、投影機(とうえいき)から発した光をドーム状の天井の内側に設置された曲面スクリーンに映し出すことで星の像およびその運動を再現する設備あるいは施設を指す。プラネタリューム、プラネタリュウム、天象儀(てんしょうぎ)ともいう。プラネタやプラネと略すこともある。