2024年1月22日 5時00分

被災地のトイレ

 エッセイストの妹尾河童(せのお かっぱ)さんは週刊誌の連載で、著名人にトイレを見せてもらったことがある。作家の村松友視(むらまつ ともみ)さん宅は、夏目漱石からゴルゴ13までが棚にずらり。田辺聖子(たなべ せいこ)さんはピンクで統一していた。十人十色(じゅうにんじゅうしょく)のトイレまんだらである▼一方で、井上ひさしさんには「ぼくの唯一の隠れ家」と見学を断られた。気持ちはわかる。一人きりになってホッと息をつき、気持ちを切り替える。トイレとはそんな場所でもあろう。だが能登半島の被災地では、その一息(ひといき)がつけない▼汚い、臭い、暗い。さっさと去りたい場所になってしまった。「血栓による災害関連死を防ぐために、水分をこまめにとりましょう」という呼びかけはごもっとも(you are quite right)だが、飲食でトイレに行きたくなるのはなるべく避けたい――。被災者の偽らざる思い(いつわらざるおもい)だろう▼地震から3週間がたった。800以上の仮設(かせつ)トイレが現地に運ばれ、緊急対策は進んだ。だがこれで終わりにしてはいけない。「ハードからソフトへ。質の改善に力を注ぐ時期です」と日本トイレ研究所の加藤篤(かとう あつ)代表理事は言う▼被災地には高齢者が多く、足腰(あしこし)にやさしい洋式も欲しい。女性が夜でも不安なく行けるように照明を。雪の積もる戸外で凍えず(こごえず)に済むように、屋内のトイレ環境も充実を。被災者の小さな声に耳をすませたい▼加藤さんは言う。「被災者が安心して使えるトイレにする。これは、ぜいたくではありません」。災害関連死を防ぐ。そのために今からでも出来ることの一つである。