天声人語 2024年1月29日 5時00分
言葉とウクライナ戦争
2年前にロシアによる侵攻が始まった直後、人々は言葉を見失った。誰もが戸惑い(とまどい)、何を話せばいいか、分からない。医療講習は受けたけれど、「人の心は戦争の準備など、できないのです」。ウクライナの詩人、オスタップ・スリヴィンスキーさんは振り返る▼でも、1週間ほどたつと、これは単なる沈黙ではないのだと気づいたという。戦場から逃げてきた人たちは、食べたり、寝たりするのと同じように、何かを話したがっていた。彼らは話を聞く人を求めているのではないか▼詩人は駅に立った。そっと、避難者に話しかける。あなたにとって言葉とは何ですか。堰(せき)を切ったかのように語り始める彼らの物語に、ひたすら耳を傾けた▼戦争によって、人々の抱く言葉の意味は変容していた。「食べ物を召し上がって」。そんな何げないひと言で、多くが涙を流した。「住宅」は破壊された台所となり、「チョーク」は壁に書かれた「助けて」の記憶となった▼77の証言を本にまとめた。日本語版の『戦争語彙(ごい)集』も昨年末、出版された。日本文学を研究するロバート・キャンベルさんが繊細に、丁寧に訳した。「桟橋のような通路」を築き、戦地と日本の読者をつなげようとの模索である▼武力を前に、言葉は無力かもしれない。だが、何かを話すこと、聞き手がいること、それは「ときに人々の武器となり、シェルターにもなるのです」。キャンベルさんはそう話す。私たちには何ができるだろう。戦争はいまも、続いている。