2024年7月14日 5時00分

屋台で味わう珠洲(すず)ラーメン

 そのラーメンを食べたのは、まだ若葉が薫る(かおる)5月のころだった。奥能登(おくのと)の珠洲(すず)の町で見つけた屋台で、食べた。黄色く焦がしたタマネギがたくさん入れって(いれって)いて、チャーシューが柔らかくて、しょうゆ味だった。なぜだろう。最近よく、思い出す▼キッチンカーの厨房(ちゅうぼう)で、秋房大介(あきふさだいすけ)さん(28)と和佳奈(わかな)さん((24)の夫妻がつくってくれた。元日の地震で足元のアスファルトはうねり、ボコボコのままだったけれど、「水道がなおったら、すぐに屋台を再開したいと思っていました」▼こだわったのは、プラスチックの器でなく、地震で割れずに残った丼(どん)を使うこと。被災地だから、こんなときだから、目に見えない温もり(ぬくもり)を大切にしたかったそうだ▼夕方には、多くの人がやってきた。混んでくると、大丈夫、大丈夫と、みなで席を譲り合っている。和佳奈さんは笑顔でつぶやいた。「珠洲の人はやさしいです。珠洲に来る人もやさしい」▼地震で故郷を離れ、戻れない人がいる。戻らない選択をした人もいる。2人は相談して決めた。妻の生まれ育った地で暮らし続けようと。2月には結婚式を挙げた。何もこんなときに、と言われたが、予定通りに開いた▼先週、電話をすると、「まだ、やってます。やめませんよ」。大介さんは元気そうだった。「実は妊娠がわかって、忙しくなってしまって……」。うれしそうに、でも、ちょっと照れたように話す若者の言葉を聞きながら、思う。あのラーメンを食べよう。また、必ず行こう、珠洲に。