2024年3月4日 5時00分
ひな祭りの思い出
明治安田生命による子どもの名前ランキングで、昨年生まれた女の子の1位は陽葵(ひまり)だった。ひまり、ひなたなどと読むそうだ。上位には芽依(めい)や心春(こはる)など、いまごろの日ざしを思わせる漢字が並ぶ。願いを込めて名を付ける。親心というものだろう▼夏目漱石には7人の子どもがいた。字がうまくなるようにと付けた長女の筆子(ふでこ)から、ひな祭りの前夜に生まれた一番下の雛(ひな)子までの5女2男。桃の節句が近づくと、漱石は娘たちとひな人形(にんぎょう)を買いにいくのが常だった、と四女の愛子が「父漱石の霊に捧ぐ(捧ぐ)」に書いている▼ステッキを手に、店であれこれと品定めをする父の顔は「幸福そうに輝き、その表情はいかにも満足気だった」。子どもたちが部屋に飾った人形を一つひとつ見ながら、並んだ菓子をつついておどけてみせる▼「いやだ、おとう様。そんなことして私達のお菓子を食べては」。すると、にやにやしながら自分の書斎に戻る。〈二人して雛にかしづく楽しさよ〉。漱石が詠んだ句の「雛」とは、いとし子を指すようにも思える▼片付けは早く、とも言われるので、もう飾りをしまう算段を講じている方もいるかもしれない。薄紙(うすかみ)で人形を包み直しながら、わが子のかつてを思い出し、これからの幸せを祈る。ひなから成鳥へ。3月は巣立ち(すだち)の月でもある▼きのうの朝日歌壇にあった。〈引越しの荷物次々運び出す一人娘が家を出る春〉片岡輝雄(かたおか てるお)。ひな人形は残してゆくのだろう。家族との思い出が荷物の中に詰まっている。