2024年3月2日 5時00分

JR予土線と思い出写真

 写真は、過去を甦らせる(よみがえらせる)。たとえ白黒(しろくろ)であっても、見るひとの記憶に鮮やかな色をつける。まるでポッと火がついたように、思い出の場面が動き出す。そんな不思議な力を、感じた経験はないだろうか▼愛媛県と高知県の山あいを走るJR予土線を近永駅(ちかながえき)で降り、目のまえの細い道を進むと、小さな商店街の一角に「近永カメラ」はある。店先には、昔日(せきじつ)の町の写真が何枚も飾られている。いずれも近所のひとたちが持ち寄った(もちよった)ものだ▼「1枚1枚に思い出があって、みなさん、懐かしい話をしてくれるのが、うれしくて」。店主(てんしゅ)の加賀城嗣子(かがじょう つぎこ)さん(64)は言った。祭りで神輿(みこし)を担ぐ(かつぐ)若者が写って(うつって)いる。地元の学校の野球の試合で、楽しそうに応援をする親たちの笑顔もある▼藁(わら)の上に素足(そあし)で座った幼い女の子は、何かが愉快(ゆかい)でたまらないらしい。顔をクシャクシャにし、体いっぱいで笑っている。かつてはたくさん、ひとがいた。「大きな道ができ、便利になって、でも、それで流れが変わりました」▼きのう、予土線は全線の開通から50年を迎えた。残念なことに、全国に数多(あまた)ある赤字鉄道路線の一つである。100円の収入を得るのに、1718円の経費がかかる。地元は存続を強く求めている▼地方の町が、どんどん小さくなっていく。新幹線は延びても、ローカル線はどんどん廃れて(すたれて)いく。私たちは、どこかで、目指すべき大きな方向を間違えたのではないだろうか。笑顔がならぶ写真を見ながら、しばし渋面(しぶつら、しぶづら、じゅうめん)で黙考す(もっこう する)。

予土線(よどせん)は、高知県高岡郡(たかおかぐん)四万十町(しまんとちょう)の若井駅(わかいえき)から愛媛県(えひめけん)宇和島市(うわじまし)の北宇和島駅(きたうわじまえき)に至る、四国旅客鉄道(JR四国)の鉄道路線(地方交通線)である。

予土線-01 予土線