2024年3月8日 5時00分
アリス・ギイが生きた時代
大きなキャベツから次々と赤ちゃんが生まれる「キャベツ畑の妖精(ばたけのようせい)」。郵便局で切手を何十枚もなめた女性が、キスした相手と口がくっついてしまう「べとつく女」。120年ほど前に撮られたこれらの短編映画は、いま見ても面白い。発想が斬新でユーモアと風刺が利いている▼撮ったのはアリス・ギイというフランス人で、世界最初の女性監督とされる。映画草創期(そうそうき)の約20年間に、仏米で何百本もの作品を撮った。製作や脚本も手がけ、子ども2人を育てながら米東部にスタジオまで建てた▼リュミエール兄弟が19世紀末にパリで初めて映画を上映したのは有名な話だ。だが、同時代に活躍したギイはほとんど知られていない。その名が映画史から抜け落ちたのはなぜか▼「女性だったからです」と話すのは、ギイの生涯を『アリスのいた映画史』で著した映画研究家の吉田はるみさん(70)だ。監督や著作権の概念がなかった時代、「女性ゆえに軽くみられて作品のカタログなどにも名前が記されなかった」という▼当時のフィルムはほとんど残っていないが、ギイの業績を立証しようとする女性映画人らの動きもある。日本で一昨年に公開された「映画はアリスから始まった」は、子孫らを訪ねてフィルムや資料を探し出すドキュメンタリーだ▼ギイは現役時代に、映画誌で「女性が成功へ向かって努力するとき、障害になるのは強固な偏見と差別だ」と書いた。1世紀が過ぎ、MeToo運動を経て、どこまで前へ進めただろう。