2024年3月30日 5時00分
時代と春闘
出し記者のころ、労働組合の取材では初めて聞く用語が多くて苦労した。たとえば、一つの産業を単位とした労組(ろうくみ)の集まりである「単産」。単3電池かと勘違いして労組幹部に笑われた。ベアはベースアップで定昇は定期昇給の略語だと、一つずつ覚えた▼「春闘」という言葉にも独特の響きがある。毎年春に時期をそろえ、労組と企業の間で次年度の賃金やボーナスなどを決める交渉を行う。一斉にやることで企業側により強い圧力をかけようと始まったもので、70年近い歴史がある▼この方式をつくったのは、威勢の良さから「太田(おおた)ラッパ」と呼ばれた太田薫(おおた かおる)だ。かつて労働運動を主導した総評で、1950~60年代に議長を務めた。著書『春闘の終焉(しゅうえん、end)』を読むと、ストライキの実施に全力を尽くした姿が浮かぶ。まさに春の闘いだった▼だが、景気後退や雇用形態の変化で労組の求心力は低下していく。労使馴れ合い(なれあい)や形骸化(けいがいか)が批判され、アベノミクスでは首相自らが経済界に賃金引き上げを要請し、官製春闘と呼ばれた▼今年は大手企業が例年より高い水準の回答を示し、日銀もマイナス金利を解除する理由のひとつに春闘の結果を挙げた。労組の推定組織率が過去最低の16・3%まで落ちたいま、この流れが中小企業や非正規社員まで広がらなければ意味がない▼季語にもなった春闘は、時代の荒波(あらなみ)に揉まれ続ける(もまれつづける)。〈春闘妥結トランペットに吹き込む息〉中島斌雄(なかじま たけお)。今年のラッパに吹き込むのはため息か、ほっと一息か。