2024年2月27日 5時00分
ある中国人女性の死
観るたびに、がらりと印象が変わる映画がある。私にとっては、1984年の中国映画「黄色い大地」がその一つだ。文化大革命の時代、僻地(へきち)暮らしを余儀なくされた陳凱歌(チェンカイコー)監督が、瑞々しい(みずみずしい)感性でつくったデビュー作である▼舞台は荒涼たる(こうりょうであるの意味)中国北西部の寒村(かんそん)。任務で各地を旅する共産党の若い兵士が、村の少女に外の世界のことを教える。誰もが平等な理想の未来を、誇らしげに語る。最初に観たとき、その正義漢ぶりを何とも宣伝臭く感じた▼でも、次に観たとき、これは暗喩(あんゆ)かもしれないと気づいた。なぜなら、偉そうに、もっともらしいことを言いながら、目の前の不幸な少女一人さえ、共産党は救えない。いや、救わないのだ。そんな不実(ふじつ)をなじるかのように、「万民を救う共産党」と叫ぶ少女の声は、川の音にかき消されてしまう▼先週、一人の中国人女性が東京の街で亡くなった。映画ではなく、現実の話である。名前は唐正チー(タンチョンチー)さん。27歳だった。日本に留学中の3年前、突然の病に襲われ、意識不明の状態が続いていた▼中国にいる父親の唐吉田(タンチーティエン)さんは「娘に会いたい」とずっと願ってきた。しかし、中国政府は人権派弁護士だった吉田さんの出国を認めなかった。「国家の安全に危害を及ぼす可能性がある」との理由だった▼父親が瀕死(ひんし)の娘に会うことで、失われてしまう国の安全とは何なのか。中国はこんなに豊かに、強大になったのに、なぜ、国家による虐め(いじめ)のような人権侵害がやまないのか。憂憤(ゆうふん)に堪えない。
中国の人権派弁護士として知られた唐吉田氏の長女正琪さん(27)が20日夕、肺炎のため東京都内の自宅で死去した。支援を続けてきた東京大学の阿古智子(あこ ともこ)教授が明らかにした。唐氏は、留学先の東京で病に倒れた正琪さんに面会するため渡航を望んでいたが、中国当局が出国を認めず、かなわなかった。
みずみずし・い みづみづ― 5【瑞瑞しい・水水しい】 (形)《文シク みづみづ・し》 ① つやがあって若々しい。つやつやと輝いている。「―・い若葉」 ② 若々しく新鮮である。「―・い感覚に満ちた詩」
寒村(かんそん) 貧しくさびれた村
もっともらしい 本当のように思わせる