2024年2月12日 5時00分
早すぎる春の到来(とうらい)
〈あらたまの年立ちかへる朝(あした)より待たるる物は鶯(うぐいす)の声〉。平安時代の三十六歌仙の一人、素性法師(そせいほうし)の歌である。春のかすかな足音に耳を澄ませて(すませて)、いち早くその息吹(いぶき)をつかまえようとする。暖かな(あたたかな)日々の到来を、人はいつも心待ち(こころまち)にする▼とはいえ今年は少々とまどってしまう。訪れがあまりに早いのだ。東京の浜離宮恩賜(はまりきゅうおんし)庭園では、はや咲き誇る梅の枝をメジロがちょんちょん渡り歩いていた。東京で開花が観測されたのは1月9日。1970年代は2月中(にがつちゅう)が多かったそうだから、1カ月ほど早まったことになる▼雁(ガン)や白鳥(はくちょう)たちが冬を越す宮城県の伊豆沼(いずぬま)・内沼(うちぬま)でも、異変が起きている。北へと旅立つ北帰行(ほっきこう)は、例年ならこの時期から始まる。ところが今年はもう終わりかけだという。「長いこと観察していますが、こんなのは初めて」と県伊豆沼(けんいずぬま)・内沼(うちぬま)環境保全財団の嶋田哲郎(しまだ てつろう)さんも驚いていた▼暖冬(だんとう)のため、渡りをはばむ雪や氷が、中継地となる秋田などに少ないらしい。鳥たちは、帰り道で餌やねぐらが確保できると分かるのだろう。次々に飛び去っていったそうだ▼今週半ばには各地で気温があがって、東京では4月中旬の陽気になるという。こうなると、喜んでいいのやら不安になる。能登の被災地や雪国(ゆきぐに)のきびしさが増しては困るが、やはり冬は冬らしくあってほしい▼「冬はつとめて」と、枕草子(まくらのそうし)は早朝(そうちょう)の風情をたたえた。ピンと張り詰めた寒気を胸に吸い込む朝があってこそ、春の喜びはいっそう膨らむはずである。