2024年5月3日 5時00分
手塚治虫と平和憲法
手塚治虫(てづか おさむ) の名作『ジャングル大帝(だいてい)』は、白いライオンの王パンジャの死から物語が始まる。パンジャとはジャパンのことだという説がある。誤読する自由で言わせてもらえば、つまりは日本。息子レオは俺(オレ)であり、父の死後、生まれ変わる日本を示唆してはいないか▼マンガが雑誌に掲載されたのは戦後、連合国(れんごうこく)による占領期だった。だからあえて、この時代の日本をジャパンという英語で表し、ひっくり返してみたのでは……▼まさか手塚が、そこまで考えていたとは思わない。ただ、作中では、ジャングルという世界が弱肉強食(じゃくにくきょうしょく)であることが強調される。レオはこの厳しい現実のなかで、殺し合いを否定し、平和の構築に奮闘していく。私はそこに何かを感じ、想像してしまう▼手塚は、戦争の時代に育った。2歳のときに満州事変があり、13歳で真珠湾(しんじゅわん)攻撃があった。16歳の大阪大空襲では死にかけている。だからだろう。作品群には、平和への強い思いが貫かれている▼ときは過ぎ、この国にはいま、戦争の暗い予感が広がる。防衛費は急増し、専守防衛の原則は揺らぎ(ゆらぎ)、さらには、戦闘機の輸出まで可能になるという。政治家からは「戦う覚悟」を問う発言さえ聞こえる。レオはもはや、かつてのレオではないのだろうか▼日本国憲法は、手塚の18歳の誕生日に公布(こうふ)された。「もう二度と、戦争なんか起こすまい、もう二度と、武器なんか持つまい、子孫の代までこの体験を伝えよう」。希代の漫画家は、そう書き残している。