2024年5月12日 5時00分
星野富弘さん逝く
先日の訃報(ふほう)が心に残り、母の日にあたって星野富弘さんの詩を思い出している。〈神様がたった一度だけ/この腕を動かして下さるとしたら/母の肩をたたかせてもらおう/風に揺れる/ぺんぺん草の実を見ていたら/そんな日が/本当に来るような気がした〉▼体育教師だった星野さんは24歳で大けがをし、首から下が動かなくなった。つきっきりで世話をしてくれる母にさえ、絶望から怒りを爆発させてしまう。自分一人では一生、何も出来ないのか▼生きる意味を教えてくれたのは、それまで気にもとめていなかった野の草花だった。〈この花は/この草にしか/咲かない/そうだ/私にしか/できないことが/あるんだ〉。口にくわえた筆で四季の花々を描き、言葉を添える。初めて出来た時、絵というより希望が浮かび上がった、とふり返っている▼作品に多くの人が勇気づけられたのは、そこに人間の限りない強さとやさしさがあるからだろう。小さな命をいとおしみ、目に見えぬ何かに感謝する。入院中に洗礼を受けた信仰の力もあったに違いない▼享年78。先日訪れた群馬県みどり市の富弘美術館では、記帳のノートが「ありがとう」の文字で埋まっていた▼著書に書いている。「散ってゆく花の横に、ひらきかけたつぼみがあり、枯れた一つの花のあとには、いくつもの実がのこされます。人間が生きているということは、なんと、ひと枝の花に似ているのでしょう」。星野さんが残していった種の一つひとつを思う。