2024年5月5日 5時00分

こいのぼりを見ない

 古いことわざに〈江戸っ子は五月の鯉(こい)の吹き流し〉とある。口は悪くても、腹の中はさっぱりして瑣事(さじ)にこだわらない。こいのぼりは江戸時代から飾られ始めたそうで、八百八町(はっぴゃくやちょう)のあちこちで見られたがゆえに生まれた言葉だろう▼幕末生まれの菊池貴一郎(きくち きいちろう)が『江戸府内絵本風俗往来』でふり返っている。「大幟(おおのぼり)・大鯉の吹き貫き、さらに旗の見えない所は市中に無い」。家紋を染めた旗などを立てる武家に対抗して、町人が子どもの成長や繁栄を願って広めた▼いまや見る影もない。この連休中、都会では集合住宅のベランダに小さな姿を見つけることさえ、なかなか難しかった。以前なら、郊外まで足をのばせば、農家の竿(さお)先で悠々と風をはらむ絵画(かいが)のような光景が広がっていた。関東北部の山あいまで3時間ほど列車に揺られたが、沿線には驚くほどわずかしかなかった▼目に映るものが徐々(じょじょ)に消えてしまっても、人は気づきにくい。ふと見回した時には、すっかり世界が変わっている。だがあの景色さえ、少子化の通過点にすぎないに違いない▼100年後の日本の人口は江戸時代なみの3千万人台になると、先日の記事に予測があった。日本が明治以来、長きにわたって追い求めてきた繁栄とは何だったのだろう。いくらこいのぼりに願いを託しても、右肩あがりの成長の時代には、もう戻れまい▼では、これからどんな社会を目指せばいいのか。豊かさとは何か。きょうは、こどもの日。大人が思いをはせるべき日でもある。