2024年5月10日 5時00分
生まれて初めての投票
生まれて初めて選挙で投票したときは、すでに75歳だった。ネルソン・マンデラのことである。その1994年の選挙では辛抱強く列に並んだ有権者たちこそが「奇跡の象徴」だと誇らしげに語った。引退後に体が弱っても、地方選でも必ず投票所へ足を運んだ▼30年前のきょう、南アフリカでマンデラ大統領が就任した。初の黒人大統領は、初めて全人種が参加した民主的な選挙によって誕生した。あの日、350年の白人支配が終わったのかと感動しつつ就任式の映像を見たのを思い出す▼差別と闘ったマンデラは政治囚(せいじしゅう)として投獄された。27年も獄中(ごくちゅう)で過ごし、母親や息子の葬儀に行くことも許されなかった。90年に釈放された後、報復を恐れた白人も多かったとされる▼だが、就任演説では和解の精神を掲げた。多人種が協調できる「虹の国をつくろう」と呼びかけた。仲間を失い、ひどい仕打ちを受けた恨みを抑えられるものなのか。当時、彼を知る南アの活動家に尋ねたら「『ウブントゥ』を信じているから」という▼ウブントゥはアフリカ南部の言語で「あなたという人間がいるから、私が人間でいられる」という意味があるそうだ。寛容さや助け合い、許しの概念を指す▼信念を貫いて得た権利を、マンデラは大切にした。87歳のとき、地方選の投票後にこう語った。「この先何年も何年も投票したい。たとえ死んで墓に入っても、目を覚まして投票しに来るつもりだ」。日本で選挙が来るたびに、この言葉を思い出す。