2024年5月27日 5時00分

山古志(やまこし)の闘牛(とうぎゅう)

 小山(こやま)のような巨体(きょたい)に力を漲らせて(みなぎらせて)、黒牛(くろうし)の「柿乃花(かきのはな)ダンディ」が砂を蹴り上げた。優しかった丸い目は対戦相手を睨み上げて(にらみあげて)、真っ赤に血走って(ちばしって)いる。角(つの)を突きあわせた「新宅(しんたく)」も負けてはいない。美しい白毛(しろけ)の交じった尻の筋肉を波立たせて(なみだたせて)押し返す▼新潟県長岡市(ながおかし)。山古志(やまこし)地区できのう開かれた「牛の角突き(つのつき)」を見た。国の重要無形民俗文化財に指定された闘牛だ。牛のそばに立つ勢子(せこ)たちが「ヨシタッ」と独特のかけ声で加勢すると、2頭は鼻息を荒らげて(あらげて)組んでは離れ、離れては組む。ガッと角のぶつかる音が響いた▼旧山古志村と闘牛とのかかわりは古い。何しろ江戸時代にすでに、曲亭馬琴(きょくていばきん)が「海内無双(かいだいぶそう)の壮観(みもの)なり」と南総里見八犬伝(なんそうさとみはっけんでん)に書いている▼伝統は消えかかった。中越地震で山が崩れ、道は寸断し、約2200人の旧村民(きゅうそんみん)全員が一時村を離れた。牛を飼っていた方の証言が残っている。「つながれたまま、死ぬのはかわいそうだ。ロープを切って牛を放した。その時は泣けました」。村で114頭が死んでしまった。あれから、もう20年になる▼家族同然に育ててきた長い月日(がっぴ)のゆえだろう。ここでは、牛にけがを負わせぬように、必ず引き分けにするのが特徴だそうだ。差配は見どころの一つでもある▼組み合っていた2頭の後ろ脚に、合図とともに素早く綱がかけられた。牛の勢いに負けぬように、勢子たちが必死に闘いを引きはがす。「いやあ、すばらしい引き分けです」。アナウンスに拍手がわいた。

越後山古志「牛の角突き」大会(えちごやまこし うしのつのつき たいかい)

山古志闘牛-01.png

山古志闘牛.png