2024年5月30日 5時00分
東京都知事と条例
神聖ローマ帝国時代の中世イタリアでは、「コムーネ」と呼ばれる自治都市が各地に出現した。皇帝の権力が衰えるなか、帝国から事実上独立して(どくりつした)宗教や経済、軍事などで纏まった(まとまった)。力を付け、独自(どくじ)の立法機関で規律も定めるようになった。「条例」の誕生である▼その後の展開が興味深い。帝国と都市が織り成す(おりなす)関係で条例をどう位置づけるかについて、法学者らの間で議論となったという。皇帝法より優先していいものなのか。理論を確立していき、条例は自治と自由の象徴(しょうちょう)になった▼昔習った(ならった)中世史を思い出したのは、東京都知事選を前に歴代知事の業績を調べたからだ。日本で自治(じち)立法権としての条例制定を認めたのは、戦後の憲法である。始まりは違えど(たがえど)、条例をめぐる国と地方の緊張は何処(いずこ)も同じか▼たとえば1969年、美濃部(みのうぶ)時代に制定された都公害防止条例。それまで条例は国の法令を補うと思われていたが、大気汚染(おせん)の規制基準などを国の法律より厳しくした。国は違法だと反対したが知事は譲らず(ゆずらず)、他の自治体も続いた▼石原(いしはら)時代にディーゼル車の排ガスを規制した条例も、国の法律を超えた内容だ。黒い煤(くろいすす)を入れたペットボトルを議場で振り翳す(ふりかざす)知事の姿は強烈だった。都の先行例(せんこうれい)は環境面で目立つが、神宮外苑(じんぐうがいえん)の再開発計画ではいま、樹木伐採(じゅもくばっさい)への批判が続く▼来月の告示(こくじ)を前に出馬表明(しゅつばひょうめい)が相次ぐが、それぞれの公約をしかと見極めたい。東京の何を、どう変えたいのか。国に先んじる(さきんじる)覚悟はあるか。