2024年5月31日 5時00分
パンもバラも
春バラの花びらを煮てつくったというジャムを、知人から少し分けてもらった。淡いピンク色で、口に含むとふわっと華やかな香りが広がる。なんと優雅な食べ物だろう。バラは美しさや愛の象徴として神話(しんわ)や絵画(かいが)に登場してきた。花の中でも特別な存在だ▼そのバラが、労働者のために重要な役割を果たしたことがある。112年前、米東部マサチューセッツ州で「パンとバラのストライキ」と呼ばれる労働争議が起きた。織物工場で働く数万人の移民たちが過酷な労働環境の改善を訴え、2カ月にわたりストを断行した▼当時、欧州の貧しい地域から多くの家族が米国へ移住した。工場主(こうじょうぬし)は機械化を進める一方で、安い労働力を求めた。搾取(さくしゅ)の構図である。ストでのスローガンの一つが、「私たちはパンが欲しい、バラも欲しい」だったとされる。パンは「生きる糧(かて)」、バラは「尊厳」を指す▼史実を物語にしたキャサリン・パターソン著『パンとバラ』には、イタリア系の母親が拙い(つたない)英語で語る場面がある。「パンだけじゃない。わたしたちの心や魂にも食べものがいる。(略)わたしらにはバラがなくては」▼参加した移民たちがわかるように、交渉状況などは数十(すうじゅう)もの言語に翻訳(ほんやく)されたという。工場主の妥協案を突っぱね、多数の逮捕者も出したストは、労働者側の勝利で幕を閉じた▼「パンとバラ」は労働運動や参政権運動で掲げられ続け、抵抗歌にもなった。私たちを人間らしく扱え。そんな思いが込められたバラもある。