2024年8月18日 5時00分

シマウマ柄のなぞ

蚊帳(かや、かちょう)のなかは暑苦しい(あつくるしい)。明治末のエッセーで、物理学者の寺田寅彦(てらだ とらひこ)が、そう不満をぶつけている。「しかし蚊に責められるのはそれ以上に嫌(きらい)だから仕方なしに毎晩此(こ)のいやな蚊帳へもぐり込んで我慢して居る」▼寝苦しい夜、耳元のぷーんという音に悩まされる。そんな経験がとんと減ったのは、暮らしの変化のおかげである。クーラーを利かせて窓を閉める。しかし屋外の動物はどうしているのだろう。蚊や虻(あぶ)、蚋(ぶゆ)などの虫よけに、尻尾(しりお)という道具を備えてはいても、それだけであの猛攻は防ぎきれまい▼山形県の置賜(おきたま)総合支庁が先ごろ、愉快な実験結果を発表した。放牧(ほうぼく)している黒い和牛をシマウマのような柄に塗ったところ、尻尾や頭を振って虫を追い払うしぐさが激減したそうだ。愛知県などでの先行例を参考に「半信半疑でやってみたら、本当に虫が来なくて」。生産者も驚いたという▼シマウマの模様(もよう)は敵の目をくらませるためだと、幼い頃に読んだ覚えがある。だが虫刺され防止の効果があったとは。いわば、天から授かちょうかった蚊帳をかぶっているようなものだろう▼さしたることではないと見過ごされがちな現象に疑問を抱き、真理を探る。寺田はその名人だった。師である漱石の〈落ちさまに虻(あぶ)を伏せたる椿(つばき)哉(かな)〉という句をきっかけに、落下運動に関する論文をまとめたこともある▼科学者は「のみ込みの悪い」人物でなければならない。そう書いている。虫とシマ模様。実験のことを聞いたら、さぞ喜んだに違いない。

脱色(だっしょく)されてシマウマ模様になった黒毛和牛=2022年8月22日、山形県置賜(おきたま)総合支庁提供

しまうま模様の和牛.png

 黒毛の和牛を放牧する際、体をシマウマのような柄にすると、アブなどの虫を振り払おうとする行動が7割も減った。山形県置賜総合支庁が検証し、結果を明らかにした。牛のストレスが減ることで繁殖力を向上できるとし、えさ代を抑えられる放牧の拡大にいかしたい考えだ。