2024年8月9日 5時00分
母と暮せば
「父と暮せば」を完成させた井上ひさしさんが、いつか書かねばと思い定めていたのが長崎の原爆だった。だが果たせぬまま、鬼籍に入る。井上さんが決めていたタイトルと熱意は、山田洋次(やまだ ようじ)監督の映画「母と暮せば」に引き継がれた▼原爆で亡くなり幽霊(ゆうれい)となって現れた息子、生き残った母、息子の婚約者。3人の物語だ。罪悪感から新たな恋へ踏み出しきれない婚約者の背(せ)を、母はそっと押す。だがそれが現実となると、どうにもならない思いに襲われる。「どうしてあの娘だけが幸せになるの。お前と代わってくれたらよかったとに」▼当初の脚本になかったセリフが加わり、母の苦悩が深まった。演じたのは吉永小百合(よしなが さゆり)さん。もう長い間、各地で原爆詩の朗読を重ねている。その作品の一つに、長崎県の下田秀枝(しもだ ほづえ)さんの詩がある▼「黒い雨の降りしきる中/ぼくは母さん 探しています/のどがからから/水が欲しいよ(略)母さん 母さん 母さん/お願い 返事をしてよ 母さん/なんだかぼくは/もうぼくでなくなるよ」▼核のない世界をめざして、声を涸らす(からす)。だが原爆を落とした国の大使は、自国が武器支援するイスラエルへの配慮を優先して、きょうの平和祈念式典への出席を見送るという。壁は厚い▼それでも核兵器を、戦争を止められる(とめられる)のは人間しかいない。映画のなかで、死んだのは運命さ、とあきらめる息子を母は諭す。「これは防げたことなの。人間が計画して行った大変な悲劇なの。運命じゃないのよ」