2024年8月24日 5時00分
校歌の歴史
初めて校歌(こうか)に興味を持ったのは小学生のころだった。1976年の夏、甲子園で桜美林(おうびりん) の校歌が流れた。「あゝオベリンナー」「イエスイエスイエスと叫ぼうよ(さけぼうよ)」。小学校で歌っていた「恩師に感謝、元気で学べ」との違いに衝撃を受けた。初出場で優勝したので、何度も聞いた▼記者になって地方で高校野球を取材し、校歌の多様さに気がついた。古めかしい歌詞がある一方、ポップス調の軽快な旋律もある。ユニークな擬態語を盛り込んだり、歌詞が英語で始まったりするものも▼『校歌斉唱(こうかせいしょう)!』の著者で東大名誉(めいよ)教授の渡辺裕(わたなべ ゆう)さん(71)によると、校歌は「明治から、社会の力学(りきがく)のなかで実に柔軟にしたたかに、形を変えて続いてきた」という。戦時中には統制されたが、敗戦後は民主的な歌詞に書き換えるなどの「戦後処理」があった▼近年は、型(かた)にはまらない曲調などで「世代交代」も進んでいるという。学校や地域の中にあったのが、スポーツや交流行事で外の世界へ出て行くようになった。他校(たこう)の校歌を、日常的に聞く時代になったのだ▼この夏の高校野球がきのう、終わった。優勝した京都国際の校歌が韓国語であることに、SNS上などでは心ない言葉もみられる。渡辺さんは、「日本の社会の多様性を示している校歌だ。むしろ自然な流れではないか」と話す▼決勝戦は、最後まで息をのむ展開だった。純粋にプレーする選手たちに、場外(じょうがい)の騒音(そうおん)は関係ない。気にしていたのが恥ずかしくなるような、良い試合だった。
全国高校野球選手権・決勝が23日に行われ、京都国際(京都)が決勝史上初の延長タイブレークに突入した激闘を制し初優勝した。
韓国メディアは「韓国系京都国際高校 甲子園の頂上に立った」(朝鮮日報)、「韓国系の京都国際高、甲子園で初優勝」(中央日報)、「日本全域に響き渡る韓国語校歌」(韓国日報)の見出しで大きく伝えた。
同校の歴史なども紹介し、甲子園に「韓国語の校歌が流れた」として「東の海を渡りし大和の地は」の歌詞も伝えている。
「東海」は韓国が日本海の呼称として主張している。