2024年6月7日 5時00分
ノルマンディー上陸80年
ナチス・ドイツに占領されたフランスで、海の向こうのラジオ放送に耳を傾けていたレジスタンスの活動家らは、その夜、内容に息をのんだ。「さいころはテーブルの上にあります、さいころはテーブルの上に……」。待ちに待った友軍の上陸に備えよ、という暗号だった▼翌朝、仏北西部ノルマンディーの海と空は、米英などの艦隊と航空機に埋め尽くされた。第2次大戦の戦況を大きく転換させた「史上最大の作戦」。きのうで上陸から80年がたった▼国際秩序を踏みにじり、領土の拡張という己の欲望を満たそうとする人物が現れたとき、世界はどう対抗すればいいのか。21世紀になっても、同じ問いを突きつけられている▼10年前のノルマンディーでの式典は、ロシアによるクリミア併合のわずか3カ月後のことだった。いまとなっては違和感もあるが、そこにはプーチン大統領も招かれ、各国首脳と会談を重ねた。「力ずく」の愚かさに気づくよう願ったのを覚えている。だが、そうはならなかった▼あの時、世界がもっと強い態度でロシアに臨んでいたら、その後の悲劇は起きなかっただろうか。「選択と結果」は複雑に入り組みながら歴史をつむぐ。道がどこに続くのか、歩く者にも見通せない▼それでも、人間の未来を、さいころを転がすように運に任せるわけにはいかない。さいころを意味する英語dice(ダイス)は名詞dieの複数形。ウクライナでガザで、同じ綴(つづ)りの動詞「死ぬ」がきょうも強いられている。