2024年12月5日 5時00分

解除された「非常戒厳(ひじょうかいげん)」

 1980年5月。韓国・光州(こうしゅう)で中学生の息子トンホを失った母親は悲しみのあまり、棺(ひつぎ)を運んだ墓地(はかち)の芝生(しばふ)をちぎってのみ込む。しゃがみ込んで吐き、またちぎって噛(か)む。「おまえの顔がどんなに青白くやつれていたことか。(略)銃で撃たれて血があまりにもたくさん出たから」▼今年のノーベル文学賞に決まった韓国の作家ハン・ガンさんの小説『少年が来る』である。10年前に発表したこの作品で、ハンさんは光州事件を描いた。戒厳令の下で民主化を求める市民を軍が武力弾圧し、多数の犠牲者を出した。光州はハンさんが生まれた土地でもある▼トンホは一緒にデモへ行った友人を救えなかった自責の念から、身元不明の遺体が安置された施設で働き始める。遺体を整える若者たちを手伝いながら覚悟を決め、軍が来ると知りながらも逃げずに命を落とす。引き締まった文章が紡ぐ話(つむぐはなし)は残酷で、読むのがつらくなる▼物語からは戒厳令下の日常も垣間見える。夜間は外出禁止。軍人の検問で、身分証を持たない市民は連行される。出版物(しゅっぱんもの)は検閲で黒く塗りつぶされる▼韓国が民主化を宣言してから37年がたつ。それだけに一昨日の晩、尹錫悦(ユンソンニョル)大統領が「非常戒厳」を宣言したと知った時は耳を疑った。6時間後の解除でまた驚いた▼国会前に集まった中には、光州事件の残虐な記憶がある人々もいただろう。それでも足を運び声を上げ、暴走を食い止めた。民主主義の力を感じた一方、大統領の言動の軽さが恐ろしくも見える。

韓国のユン・ソンニョル(尹錫悦)大統領は3日夜、来年の予算案に合意しない野党側の対応などを理由に一切(いっさい)の政治活動を禁じるなどした「非常戒厳を宣布(せんぷ)する」と明らかにしました。

これを受けて、韓国の国会が非常戒厳を解除するよう要求する決議案を可決すると、ユン大統領は4日の朝早くに再び会見して、閣議を通じて非常戒厳を解除すると発表し、韓国メディアは閣議が開かれて非常戒厳は解除されたと伝えました。

最大野党などは大統領の弾劾(だんがい)を求める議案を国会に提出し、与党議員が議案に賛成するのかどうか、その動向に注目が集まっています。