2024年11月27日 5時00分

旅する本屋

 四国・高松市の川根由美子(かわね ゆみこ)さん(67)が、どっしり重い段ボール箱(だんぼーるばこ)を受け取ったのは今年(ことし)2月だった。中身は200冊の本。初めて自費(じひ)出版した彼女の小説である。最初は少し、怖かったそうだ。なぜなら「そんなん誰も読む人おらんと言われてたから」▼長年、福祉の仕事をしながら、文章を書いてきた。でも、自信はない。せめて表紙で和んで(なごんで)もらおうと、砂浜の絵と大好きなカキツバタの青い色にこだわった。同人誌の仲間に見せると「悪くない反応(はんのう)」。それでやっと思った。「ああ、本にして、よかった」▼気づいたのは、自費出版とは、いかに筆者の思いの凝縮(ぎょうしゅく)であるか。それなのに読まれず、消えていくのでは何とも惜しい。自宅の一角で5月、自費出版の本を集めて「本屋」を始めた▼もうけなど考えず、目指すは作者らの交流の場だ。訪ねてくる人はポツポツだけど、自分の本を置いてほしいという人もいる。一生(いっしょう)に一冊との気概だろうか。「活字によって、生き様(いきざま)を残すというんかなあ。みんな精いっぱい生きてるのが伝わってくる」▼どんな本があるのか、見せてもらった。街の電器屋さんが郷土史(きょうどし)を丹念に調べた時代小説、30年越しの耕作牛の研究書……。書名を見るだけでも楽しいが、個々の執筆者のことを知れば、さらに俄然(がぜん)と、表紙が輝いてくるようである▼店名は「旅する本屋ラポール」。自費出版の本たちが誰か知らない人の手に渡り、「どこか遠くへと旅をしてくれたら」。そんな願いを込めたという。

旅する本屋ラポール